第2話 名前呼び
「じゃあ私はアイスコーヒーで」
「じゃあ俺はメ……いや、俺も同じやつで」
馬鹿‼︎ 俺の馬鹿‼︎ 仁泉と二人でカフェに来たってのにメロンソーダ頼もうとする馬鹿がどこにいるってんだ‼︎ 女子と二人でこういう場所に来たら苦手でも無理してブラックコーヒーを飲むのが鉄則ってもんだろ。女子と二人で来たこと無いからブラックコーヒー飲んだこと無いんだけどね。
自分から誘っておきながら、仁泉と二人でカフェに来ているこの状況は夢なのではないかと疑ってしまう。俺の誘いなんて簡単に断ると思ってたんだけどなぁ。陰キャの俺に話を聞いてもらいたい程悩んでいるということなのだろう。
悩んでいる仁泉には申し訳ないが、仁泉の事が好きな俺にとってはこの状況はご褒美だ。俺の目の前には可愛くて人気者で良い匂いがする仁泉が座っている。良い匂いは余計か。
「ごめんね。付き合ってもらっちゃって」
「いや、俺から誘ったんだし、むしろ俺の方こそごめん」
「榊くんは謝る必要ないよ。最初はびっくりしたけど声かけてくれて嬉しかったし。ありがとね」
に、仁泉が喜んでくれてる‼︎ 嬉しい‼︎ これで悔いなく死ねる。いや、まだ早い。もう少し生きさせて。
意図して声をかけた訳ではないが、こうして仁泉と二人でカフェに来られたのだから結果オーライだな。
それにしても、やはり仁泉はかなり落ち込んでいるようだ。普通に話しているだけでも仁泉の声のトーンはいつもより低く、落ち込んでいる事が簡単に分かる。いつも元気な仁泉がこれ程までに落ち込む理由……。気になるな。
「それで悩み事ってのは?」
「実は……。最近失恋しちゃって」
「へぇ。そっか、失恋しちゃったのか……。って失恋!? 仁泉が⁉︎」
「ちょ、あんまり大きな声で言わないで⁉︎ 恥ずかしいよ……」
仁泉の発言を聞いて思わず声が大きくなってしまった。仁泉が失恋しただって? こんなに可愛いのに?
失恋したってのも驚きだが、好きな奴がいたってのも驚きだ。こんなに可愛けりゃ好きな人がいたり彼氏がいたりしてもおかしくないけど。
「ごめん。仁泉に好きな人がいるて聞いて動揺した。失恋って事は彼氏に振られたか、好きな人に告白を受け入れてもらえなかったって事か?」
「そういう訳じゃないんだけどね。説明すると長いから簡単に言うけど、私が好きだった人に好きな人がいるって分かっちゃったって感じかな」
オウ……。それは辛い……。仁泉に好きな奴がいたって聞いただけで俺もかなり驚いたしショックを受けた。俺は最初から仁泉と両思いになれる可能性が無いって分かってるからそこまでショックではないが、仁泉は誰とでも付き合えるだけの美貌と性格を兼ね備えているので余計にショックを受けてしまうだろう。
仁泉に好意を寄せられてるってのに他の女が好きだなんてどんな贅沢な男だそいつは。人生損してるなんてもんじゃないぞ。俺と外見だけ変わってくんねぇかな。中身はイケメンじゃなくても構わないので。
「そっか……。それは辛いな。でもよかったじゃん」
「え? 何がよかったの?」
「仁泉が好きだった人は仁泉の運命の相手じゃなかったって事だろ? 仁泉ぐらい素敵な女性ならもっといい相手が見つかるよ」
俺がそういうと仁泉は目を丸くし、キョトンとした顔をして俺の方を見つめてくる。え、俺なんか変な事言った? あ、でも失恋した人に対して「よかったじゃん」はまずかったか?
「ふふっ。榊くんって面白いね。
「そりゃ構わないけど」
なにが面白いかは分からないが、とりあえず俺の発言で仁泉が不機嫌にならなくてよかった。初めて会話した日が俺と仁泉の関係が終わった日とか悲しすぎるし。
「じゃあ史桜くんも私の事、結衣って呼んでくれる?」
え、下の名前呼び⁉︎ 俺が仁泉を⁉︎ 仁泉が俺を下の名前で呼ぶ分には全く問題無いが、俺が女子を下の名前で呼ぶのはハードルが高い。何故かって? 今まで女子を一度も下の名前で呼んだ事が無いからだよチクショウ。仲のいい真野の事も苗字で呼んでるってのに……。あ、なんか今「先輩とは仲良くなんかありません」って声が聞こえた気がする。
なんにせよ下の名前で呼んでくれという仁泉からのお願いを断る理由は無いし、ここでそのお願いを断ると色々と不審がられる可能性もある。
「……分かった」
俺たちはこの日からお互いを下の名前で呼び合うようになり、結衣の恋愛相談を受けるために二人でカフェに来るという生活がしばらくの間続いた。
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