好きな人ができたと俺に別れを告げた元カノの想い人は俺じゃないけど俺だった

穂村大樹(ほむら だいじゅ)

第1話 勘違いの始まり

「ありがとうございました〜」


 たった今、店内に居た唯一の客が退店し、誰も居なくなった午後五時頃のファミレスで俺はバイトをしていた。


 普通のファミレスであればこの時間から客が入り始め大混雑になるところだが、俺がバイトをしているイタリア料理店のオッティモ、通称「ティモ」は駅前にあるにも関わらず、人の目に付きづらい場所に位置しているため客が入りづらい。


 お客さんが帰った後で食器を片付け机を拭きドリンクバーのコップを補充する。そんな雑用もありのままの自分で居られるこの場所では苦痛に感じなかった。

 大きな窓ガラスに映る自分の姿に見惚れてしまい、窓ガラスの前で幾つかポーズを決める。


「ちょっと先輩。仕事サボるのやめてくれません?」


「悪い悪い。自分に見惚れてた」


「はぁ。そんなナルシストな先輩、学校での姿からは想像出来ません」


 自分に見惚れていたというのは流石に冗談ではあるが、俺に呆れた視線を向けてきたのはバイト仲間の真野水菜まのみずな。真野は高校一年生で、二年の俺から見ると後輩に当たる。

 亜麻色で肩上程に切り揃えられた髪はパーマがかかっており、頭の上にはトレードマークの赤い大きなリボンが存在している。身長は俺より十センチ程低く、童顔で子供っぽさはあるものの男子からの人気は高い。


 真野が言う学校での俺はティモでの俺とは正反対だ。


 中学の頃から人と関わるのが苦手で陰キャを極めていた俺は、高校に入ったら陽キャとは言わないまでも普通に友達を作って休み時間や放課後も普通に友達と過ごしたいと考えていた。


 とはいえ、髪を切ったりメガネをコンタクトにしたりという大掛かりな変化をする勇気は無く、髪は伸びっぱなしでメガネをかけた陰キャ姿のまま入学式に臨んだ。


 とりあえず誰かに話しかけようと意気込んでいたが、中学での知り合いが多いせいか既に他の生徒は輪を作っており、話しかけられそうな生徒は誰一人としていなかった。

 結局最後まで誰にも声をかける事が出来ないままズルズルと時間だけが過ぎ、高校でも教室の端で一人でスマホゲームをしているような陰キャに成り下がってしまった。いや、下がってないな。元から陰キャだし。


 高校デビューに失敗した俺は、せめて学校以外の場所では別の自分で在りたいとバイトを始めた。バイト先では長めの髪もスタイリング剤でセットし前髪を上げ、メガネもコンタクトに変更して爽やかな好青年というキャラを創り上げた。


 お陰でバイト仲間とは友達になる事が出来たし、学校での自分は嫌いだがティモでの自分はそれなりに気に入っていた。


「想像出来ないも何も最早別人だからな。ありがたく思えよ? こんな俺の姿知ってるの真野くらいだからな」


「全然ありがたくありません。はい、真面目に仕事する‼︎」


 そう言って後輩から背中を強めに叩かれ仕事に戻ろうとしたその時、真野がドリンクバーのグラスが大量に入った容器を落としそうになった。俺は咄嗟に手を出し真野に後ろから抱きつく形でなんとか容器を掴んだ。


「っギリセーフだな」


「た、体勢的にはアウトなんですけど……。あ、ありがとうございます」


「ほら、サボってないだろ?」


「それはいいですけど、あの、離れてくれません?」


 容器を掴む事に必死で真野に抱きついていた事に気がついていなかった俺は咄嗟に真野から離れた。


「す、すまん」


「いえ、助けてくれようとしたんですから全然大丈夫です。……あれ、なんか今女性のお客さんが入り口から走り去って行くのが見えたんですけど」


「俺らがイチャイチャしてると思って逃げてったんじゃないか?」


「え、最悪です」


「いや喜ぶとこだろそれ」


「まあ友達とかに見られてなくてよかったです。他人なら問題ありません」


「……そうか。この店の売り上げは俺たちのせいで落ちたけどな」


 この後輩は俺をリスペクトしている様子が全く無いが、なんだかんだ言いながらもバイト先のティモでは充実した毎日を送っている。




 ◇◆




 高校二年の秋、席替えで窓側の一番後ろの席になった俺の隣の席にはこの学校で一番モテると噂の仁泉結衣にいずみゆいが座っていた。


 長い黒髪に整った顔立ち、友達と話している時に見せる笑顔はあまりにも可愛く俺は一目惚れをしてしまった。仁泉の存在は以前から認知していたので一目惚れとは違うかもしれないが、感覚的には一目惚れだった。


 仁泉に一目惚れをして以来、授業中は黒板の方を向きながら視線だけ仁泉の方に向けたり、家に帰ると入学式の際の集合写真を眺めたりと俺の気持ちは少しずつ彼女へと向けられていった。ちな、ストーカーでは無い。


 しかし、仁泉が隣の席になってから会話をする事は一度も無かった。このまま卒業するまで彼女とは一言も話さないんだろうなぁ、と思い始め一ヶ月が経過した頃、俺の横に座る仁泉がポツリと溢した。


「はぁ、やっぱりそうだよね……」


 これまで独り言など溢したことのない仁泉が初めて溢した独り言。その独り言に俺は反射的に返答をしてしまった。


「どうかした?」


 ああぁぁぁぁ口が滑った。自分から声をかける気なんて全く無かったというのに……。


「--あ、え、えーっと……。榊くんだっけ?」


 やった‼︎ 俺の名前覚えてた‼︎ 万歳‼︎ いや、そんな事で喜んでる場合じゃないだろ。声をかけてしまったからには落ち込んでいる様子の仁泉になにがあったのか確認しなければ。 


「うん。急に話しかけるのも良くないかなとは思ったんだけど、仁泉さん、落ち込んでるみたいだったから」


「え、本当? やっぱ私落ち込んでるように見えた?」


「うん、少なくともいつも通りではなかったかな」


 普段の元気で明るい仁泉は影を潜めていたので、俺でなくとも仁泉が落ち込んでいる事にはすぐ気が付いただろう。ずっと仁泉を見てた俺だから分かる、とか思って自惚れてないから。

 

「そっかー。バレてたかー。色々あってさ、友達には相談しづらい事だから一人で抱え込んじゃって」


「話聞こうか?」


「……え? 榊くんが?」


 今まで一言も会話をした事が無い奴がそんな事を言って来たら驚くわな。仁泉は目を丸くしてキョトンとしている。うん、やっぱ俺は口を開かない方がいいな。災いの元になってしまう。


「あ、ごめん迷惑だったよな。 俺なんか空気だと思ってもらってもいいから、悩み事なら誰かに話せば仁泉さんが楽になるのかなって」


「迷惑だなんてそんな事ないよ‼︎ 急に言われたから驚いちゃったけど。……じゃあ話、聞いて貰おうかな?」


 ……え? 話を聞く? 俺が? いや、俺からそう言い始めたんだけどさ、まさかオッケーされると思ってないから驚いたわ。


 こうして俺たちは放課後、学校の最寄駅近くのカフェに集合することになった。

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