江國 香織 『いくつもの週末』
初めてこの人の本を読んだのは、『きらきらひかる』でした。当時同名の監察医が主人公のドラマがあったので、なんとなく美しい表紙と柔らかなタイトルに惹かれて購入したのですが、アルコール依存症の主人公と同性愛者の夫と、その恋人の、当時としてはなかなかに先進的な設定の物語でした。
読んでみた印象としては、なんかこう違和感の多い物語だな、という。設定だけじゃなく、その人々の斜め上の行動と発言が落ち着かない気持ちにさせるというか。その他の作品もいくつか読んでみたのですが、総じて私の印象としては「不穏」でした。
恋愛がその主軸にあるのですが、みんな自由だしどこか不幸だけど、それでもそれを受け容れて、そのままするっと日常に戻っていってしまったり。精神的にあんまり落ち着いていない時に読むと、引きずられてしまうので、自分としては、なんとなく読むのに覚悟がいる作家さんでした。
ところが、エッセイを読んでみると思いの外、しっくりくるというか落ち着くのです。一番最初に読んだエッセイは多分『雨はコーラがのめない』でした。「雨」と名づけられた犬との生活のエッセイ。
今でもすごく好きな一冊です。
物語となるといつもなんだか不穏な雰囲気が醸し出されているのに、エッセイだとひどく透明で落ち着いた感じがします。やわらかくて、世の中のことごとをずいぶん変わった目線で眺めているなあ、という印象の。最近読んだ別のエッセイでは「世の中に慣れない」と言っていて、ああなるほど、と思いました。
いろんなことに慣れない。慣れないけれど、それと折り合いをつけて——というよりは、気にしていないわけではないけれどまあ、いいか、という風に——人生をたのしんでいる。
いくつか読んだ中で、一番印象に残っているのがタイトルのこの一冊でした。
ある日、夫と喧嘩をして家を飛び出そうとした彼女に、
「一時の気の迷いでそんなことをしちゃいけない」
と玄関のドアの前に立ち塞がって諭す夫。
「一時の気の迷い」ああ、もう……! そういえば、ものの見事に深夜に逃亡に成功して、あとでまあ色々あったなあ、なんて懐かしく。
「たとえ一緒にいなくても、一緒にいなくても大丈夫だなんて思わないよね」
と言うこの一節も、あまりにしっくりきすぎて。でも、この話をしても全然わからない、と言われてしまいました。男女の差なのか、個人の性質なのか、どちらなのか、気になるところです。
根本的に根無草、というか刹那的に生きているというか。安定志向のはずなのに、ねえ。
このエッセイは著者が結婚して二年目から三年目にかかるあたりで書かれたそうで、「結婚一年目は二度と繰り返したくない一年だ」と書いていて、少し落ち着き始めた頃、恋人から家族へと変化して、一緒に住むようになって変わる生活と変わらない部分と。その辺りの葛藤というか、日常を本当にうまく言葉にされています。
ただ、改めて今読み返してみると、旦那さんとの生活の小さな不満や喜びがこれでもか! と散りばめられていて、総じて見れば驚くほど、なんというか旦那さまへの
寛容なんて夫婦の一方が持っていればいい、もう一方は情熱を備えていなければ、という彼女に対して、
「情熱ねえ」
夫は苦笑する。
「いっぱい持ってるもんねえ」
という一節。好きすぎて笑っちゃいます。この本が出版されておよそ二十年。まだまだいくつもの週末はつづいているようで、末長くお幸せに、なんて勝手に思ってしまいました。
そして、久しぶりに読み返してみて、ああ、毎日色々あるけれど、今の生活もわりといいなあ、なんて思ったりしたのでした。
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『いくつもの週末』集英社文庫
『雨はコーラがのめない』新潮文庫
『やわらかなレタス』文春文庫
ちなみに集英社文庫からはエッセイがたくさんでているのですが、『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』や『とるにたらないものもの』など、心落ち着く作品がたくさんあるので、おすすめです。
『やわらかなレタス』でカップ麺のパッケージの「至福」について延々考えを巡らせる江國さん、可愛すぎでした。
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