伊藤計劃

 少し、物語を書くということから距離を置いて、好きな本や作家さんについて、振り返ってみようかなと思った時に最初に頭に浮かんだ作家の一人がこの人でした。


 初めて彼の作品に出会ったのは、ゲーム、メタルギアソリッド4のノベライズでした。たまたまパートナーがプレイしているのを横で見ていて、あまりの渋いおっさんぷりに、何これ格好いい……! とうっとりしたのは良いものの、残念ながらアクションゲームが致命的に下手な私が自分でプレイできるはずもなく。


 でもこのゲームの世界観が気になって、手に取ったのが伊藤計劃『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』(角川文庫)でした。


 ゲームのノベライズというものをあまり読んだことがなかったのですが、台詞や情景が再収録されているようなものだろうと、あまり期待せずに読み始めたら、その始まりから、流れるような情景と心象の描写、さらには主人公スネークへのどうにも温かい眼差しが満ち溢れた物語に一気に最後まで読み切ってしまったのを覚えています。

 ゲームでは曖昧に語られていたスネークの最期も、それはそれは優しく温かく。これは素晴らしい物語を読んだ、この作家の他の作品も是非読んでみたい、と思いながら、あとがきを読み、その作品への深い愛を感じて、さらに巻末に付されていた小島秀夫さんの「伊藤計劃さんのこと」というあとがきなのか解説なのかわからないそれを読んで、愕然としました。


 その巻末のインタビューから書き起こされた「彼との物語」がそれこそ「事実は小説よりも奇なり」を地で行く物語になっていたのです。


 SF界ではもう有名で、『虐殺器官』が映画化されたとも聞きましたので、おそらくご存知の方の方が多いとは思うのですが、もし、これをお読みのあなたが伊藤計劃という人についてよく知らない、ということがあれば、ぜひそのままの状態で彼の作品を手に取ってみて欲しいです。


 彼の人となりを知ってから読むのと、そうでないのでは、多分まったく違う印象を受けると思うので。


 ここから先は『虐殺器官』と『ハーモニー』の内容に触れるので、未読の方は、読んでからお読みになることをお勧めします。


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 某読書記録サイトの記録によると、メタルギアのノベライズを読んでから、『虐殺器官』を手に取るまで、半年ほどの期間が空いていたようです。多分、そのきつめのタイトルから敬遠していたのだろうと思います。


 ところが、読み始めたらあっという間に引き込まれ、興奮気味にその感想を残していました。あちこちで虐殺が起こる、その原因となるものが「虐殺の文法」だ、というその物語は、虚構であるはずなのに、あまりに現実に近く、世界各地で実際に起きた虐殺の歴史を見れば「虐殺の文法」というものが本当に存在するのではないかとさえ思わせる筆致でした。


 実際には、そんなものがなくても、人は残虐な行為に及べる、というもっと残酷な現実があるわけですが。


 ただ、物語の最後を読んで、あれ?と思ったのも覚えています。こういう風に着地してしまうのか、と。そして、続編となる『ハーモニー』をさらに半年ほど経ってから読んだあと、ああ、結局彼は、この結末しか選べなかったんだな、というのが率直な感想でした。

 彼のおかれた境遇を思えばそれはごく当然のことで、もし他の未来があれば、きっと違う結末——少なくとも、メタルギアの物語で見えた繊細で、それでも絶望ばかりではない温かみのあるもっと他の物語があっただろうに、と。まあ一読者の勝手な感想ではあるのですが。


 このあたりについては、神林長平氏が「いま集合的無意識を、」という作品の中で、はじめにその作品たちが世界に向けた「呪詛」だと言いながらも、それをさらに進めて、彼が求めていた「答」が何だったのか、というのを描いているので、そちらもおすすめです。


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『虐殺器官』二○○七年

『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』二○○八年

『ハーモニー』二○○八年


 二○○九年三月二十日 三十四歳没


 たった三作しかないのが、本当に惜しまれます。

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