40 寮
「夜の
「夜の帳?」
「あ、はい!そうです!紅弾様は学園の周りに夜の帳を下ろして守っていたんです。自分がいない間だけですが。凄いのは、紅弾様は夜を透明にできるんです!普通は黒いんですよ。夜、っていうくらいですからね!でも紅弾様の術は洗練されているので、透明な防御壁を作れるんです。側はたから見れば守られているなんて全然わからないですよね」
小春が聞くと、紫露が両手を握ってブンブン上下に振りながら目を輝かせて説明してくれた。
紅弾はその透明な夜の帳とやらを掴むと後ろに強く引いた。小春にはその帳が見えなかったけれど、消えたのはわかった。不思議な感覚だった。重く抑えられていたものが一気に解放されたかのような体の軽さを感じる。
なんとなく、見えない夜の帳とやらは空へふわふわと上がり、消えていった気がした。
小春は、いいなあ、と空を仰ぎながら、それとなく思う。日華の青く高い空は元いた世界と何も変わらない。
焦りや、どうしようもないこの気持ちも帳がなくなっていくあの感覚と同じように消えてしまえば、どんなに楽だろう。——苦しい。
「——あ、小春」
と、名前を呼ばれた。空から門へ視線を移しながら、来駕だ、と胸が締め付けられる。
「よかった。今、学園長に挨拶してきたらさ、寮に泊まれって急に言われたんだよ。しかもホテルはキャンセルしておいたなんて言うから、急いで追いかけようと」
「……全然、本当に、大丈夫だから」
困ったような顔をした来駕と目が合う。すると、その表情はみるみる険しいものへと変わっていく。どうしたんだろう、と思っていると肩を掴まれて。
「顔色、悪い。早く休ませてもらわないと」
「わ、来駕」
来駕が隣に来て小春の腰を支えながら「体重こっちに預けていいから」と優しい声をかけてくれる。ああ、もう、何も考えたくない。疲れた。と来駕の体温を感じながら目を瞑りたくなってしまう。
「紅弾、ありがとな。また」
「……ん」
ひらりと来駕が手を上げると紅弾は眠そうに欠伸をしながら小さく手を上げた。紫露は紅弾の隣で軽く会釈をすると小春を心配そうに見つめていた。
***
学園の敷地内に寮はあった。女子寮と男子寮は学園を挟んで反対側にあり、その距離は相当に遠い。それなのに、来駕は女子寮まで送ってくれた。
寮はエリアでわかれていた。各エリアの寮の空は様々で、夜が被さっていたり雨が降っていたりした。すぐに四国でわかれているのだと理解する。
「小春は夜寮の105号室だと聞いているんですが、部屋はどこでしょうか」
来駕は慣れた様子でまっすぐ夜国の寮に行くと、共用スペースで談笑していた女子たちに話しかけた。彼女たちは目を丸くして固まってしまっている。
小春も丁寧な言葉遣いの来駕に驚き、その綺麗な微笑を貼り付けた横顔をじっと見つめてしまう。
「俺は小春を寝かせたらすぐに出ていきます。少しの間だけ、男が入ることをお許しください」
「ら、らい、が様」
一人がぽつりと小さな声で来駕の名前を呼んだ。
それは無意識に出てしまった声のようで、彼女は顔を赤くすると俯いてしまう。
「わ、私、同室です」
また違う子が声を出し、そっと立ち上がった。肩ほどのまっすぐな黒髪、深い黒目、白い肌の優美な女子生徒だった。
「同室の、
遠慮がちに部屋の方を手で示し、ちらちらと小春と来駕を見ながら美夜は進んでいく。
「ありがとうございます」と来駕が微笑を崩すことなく言うと美夜は小さな声で「はい」と返事をして、顔を赤らめながら身を縮こませた。
小春は来駕らしくない微笑と、周りの来駕への反応に戸惑っていた。来駕は人前だと、あんなふうに笑うんだ。
白を基調とした寮はフローリングが綺麗に磨かれ、窓際には花瓶に桃色の花が一輪さされている。
喚起のために開けているのか、廊下の一番奥の大きな窓からは風がふわりと舞い込み、半透明の白いカーテンを揺らしていた。美夜は廊下の途中で止まり、扉を開ける。
「ここです。お、奥のベッドは私が使ってしまっているので……手前のベッドをお使いください」
「わかりました。案内ありがとうございます」
「いえ」と小さな声を出す美夜は部屋に入ろうとせず、扉が閉まらないようにしていた
すれ違う時に目が合うと、びくりと反応し、おどおどしていた。
一見、綺麗で凛とした女性に見えるが、眉が下がり目が泳いでいるのを見ると印象が一変する。
「小春、今日、宮殿で開かれる歓迎パーティーには参加しなくていいから。ちゃんと休めよ」
「え!でも、」
「気にしすぎなんだよ、小春は。体調悪いやつはつべこべ言わず、休め」
熱だって多分ないし、新しい世界に来て疲れたのは確かだけれど。半分以上はきっと、心の不調だ。一煌のこと。体が重いけど、病名がなかなかつかない、ただただ気怠いだけ。それは毎日、会社に行く前に感じていた、平常運転の体調に少し心の不調が加わっただけ。
それで休んでいい、なんて。
「……来駕!」
小春をベッドに座らせると部屋を出て行こうとする来駕。咄嗟に名前を呼んで手首を掴んだ。
「ん、何?……なんつー顔してんの」
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