37 大事な人





「ごめんなさい!私が悪かったから!だから、それだけは!」


どうしよう、と思っていた時だった。耳を擘く、女の子の必死な声が聞こえてきて反射的に声の下方を見る。


ある家の前で何人かが集まって騒がしくしていた。何かあったのかな、と顔を顰めていると。視界に入ってきた、紅弾の背中。


「あれ!?」


いつの間にか隣からいなくなっていた。


紅弾はその人集だかりまで走っていくと人と人をかき分けて先に進んで行ってしまう。小春も急いで後を追った。


「紅弾、さん!」


名前を呼んでも振り向きもしない。それにあの人、足が速い。


「いってえ!は!?お前!」


小春は謝りながら人と人の間を縫っていくと、「瑠璃ホテル」とかかれた看板がたつ白い外観の建物前で、涙目になりながら男を見上げる女の子と、その男の手首を捻りあげる紅弾の姿を見つけた。

その建物は夜国の城がそのまま小さくなったようなホテルで、大きさは一軒家くらい。


「おい!放せよ!」


男は小春と歳が近いように見える。けれど、紅弾を見るその目は同じ人間の目とは思えないほどに悍しい憎悪を孕み、目は血の色をしていた。怖い、と小春は足を止める。


「夜国の紅弾!なんでてめえがこんなところに!」


「清輝学園、のね」


男の荒々しい声に紅弾は臆することなく、低くはっきりした声で訂正する。あんなにはっきりした声も出せるんだ、と思いながら小春は少し様子を見ることにした。


「う、いってえ……。」


男は手に何かを持っているようだった。紅弾に更にきつく締め上げられると呻き声をあげながら掌をだんだんひろげていく。手から銀色のチェーンがたれてきた。日にあたり、チェーンが光る。


「あ!私の!」


今にも落ちてしまいそうなそれに必死で手を伸ばそうとする女の子は、ワンピースにポニーテールの可愛らしい女の子だった。身長が足りなくて、飛び跳ねている。飛び跳ねるごとに、涙がこぼれ落ちていった。

小春は助けたいと心が締め付けられ、体が勝手に動いた。それが落ちる瞬間、手を伸ばした、けれど。


「……よか、った」


紅弾が気づいて男の手からそのネックレスを取ってくれた。小春はあと少し届きそうになかった手を下ろしながら呟き、ほっと胸を撫で下ろす。


「全部、こいつが悪いんだ!夜国の分際でホテルの部屋が満室で取れないなんてぬかしやがる!」


「……ごめんなさい」


青い石がついたそのネックレスを紅弾から受け取ると、女の子は胸の前でぎゅうっと握り締めながら男に頭を下げた。


「夜国の分際で」という言葉が気になって、小春が眉を顰ひそめる最中、紅弾と女の子が話し始める。


花香はなか、今日は満室なのか?」


「はい、紅弾様。今日は予約でいっぱいで」


「そうか。それは仕方がない。大人がわめくなよ」


「っ!うるせえ!」


紅弾の心底面倒くさいという気持ちがだだ漏れの声に、男はカッと顔を赤くした。紅弾から逃れようと体を激しく揺らしているが、彼は男を放さない。


周りの人たちは様子を窺うばかりで、ただただ傍観していた。女の子が困っているのに、どうして助けないんだろう。


夜国が関係しているのかな、と小春は花香に近づいていき涙にそっと触れた。大人が子どもにあんな顔を向けて傷つけるなんて。


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