33 対面
『日華は私のことを何だと思っていたんですかね。我が国にも繁栄を、と人間を生贄に寄越されても困りますよ』
「でも、夜が全てをのみ込んだあの日、一煌様は日華にだけ手加減をしていたではないか。それがあったから、日華はああして巫女様のお陰で被害が最小限で済んだと崇拝している」
『鼓、私が手加減をするとでも?慈悲をかけるような人間に思えますか?』
「……人ではない。神」
『……いや、気にすべきところが違いますよ、鼓』
鼓は首を傾げながら一煌の言葉を思い出そうとしていた。一煌はそんな鼓を横目に小さく笑って教会の入口、鳥居を躊躇することなく潜っていく。
『日華は太陽の力が一番強いじゃないですか。ね、今も焼けてしまいそうなほどに強い光を放っている。夜の力が太陽に少々押されてしまいましてね。それを勝手に生贄を出したお陰だと言っているにすぎない。全く、都合がいい。愚かな民どもめ』
日の光が強く、鳥居の影が一煌の顔へかかる。
飛び石の上を歩いていくと、引き戸が全開になっていた。玄関らしき所には靴が十足ほど置かれている。
どこか懐かしさを感じるその場所は、古いからなのか土の湿っぽい匂いがした。
「お待ちしておりました」
「巫女様。今、戻った」
椿柄の着物を身に纏い、艶やかな黒髪を綺麗にまとめた女性が奥から来て静かに微笑んだ。目の色は黒。鼓は靴を脱ぎながら、女を「巫女様」と呼ぶ。
巫女は「おかえりなさい」と言いながら、一煌へ目を向けていた。
「一煌様。ご無沙汰しております」
「……ああ、そういうことですか。
他の人には見えないはずの一煌の姿が巫女には見えているようだった。一煌も静かな笑みを浮かべながら、ふわりと巫女に近づいていく。
「ええ。私の名前が、いつの間にか神に遣える巫女、のほうで呼ばれるようになってしまいまして」
「一煌様、巫女様と知り合いなのか?」
「鼓は会ったことなかったんでしたっけ」
鼓は、はて?と過去の記憶を辿ってみるものの、こんな女性には会ったことがないという結論に至った。それに、こんな不思議で妖艶な美人なら覚えているはずだ、と。
「鼓は、あの頃はまだ騎士団にいなかったんじゃなかった?ね?」
「巫女様、あの頃、とは?」
ふふ、と口元を手で隠しながら笑う巫女は昔を思い出し、慈しむような目をしていた。
「来駕がまだ、騎士団に入りたての頃のこと」
「来駕?」
巫女が口にした名前に心当たりがなく、また過去を辿っていると今度は一煌が口を開く。
「さっき路地裏で鉢合わせた、あの男ですよ」
「どっちだ。強者と弱者がいたぞ」
「無論、強いほう、ですよ」
ああ。あの男か、と鼓は闇に溶け込むような鋭い藍色の目を思い出す。
「あの頃ね、私、」
巫女が懐かしそうに優しい表情をして、玄関の先——外へと目を向ける。
「来駕の婚約者だったの」
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