巫女様

31 巫女の存在


***


 鼓は人で賑わう日華の大きな市場の中を歩いていた。さっきまで来ていた身を隠すための外套はそこらへんの店に売ってきた。


鼓は自分が抜けていると自覚していた。だからこそ、証拠になりそうなものは全て売り捌き、必要になったらまた購入するということを繰り返している。


 怪しまれないよう鼓は普段、商人として日々を生きていた。体が鈍らないよう森の奥深くまで足を踏み入れ珍しい薬草や実を取ってくる。日華の夕日が焼け落ちるそばまで行き、その万能薬、生きる灯火とも言われる火を取ってくる。これがなかなか金になっていた。



「あっ!つづみん!またチョコ取ってきて!すごい注文入っちゃってさ。頼むよ」


 菓子店の娘が鼓に気づき、手を勢いよく振りながら慌ただしく目の前までやってきた。三つ編みで元気がよく、いつも甘い菓子の匂いがする女の子と女性の間、くらいの娘。


「光の粒の、実のことか。どれくらい必要なんだ」


「最低でも五十は欲しいんだよね。お願い!報酬はそれなりに出すから!」


「ああ、わかった。後で持っていく」


「本当に!やった、ありがと!絶対だからね!」


 娘が去っていき、また歩き始める。雑踏の中、隣に気配を感じたものの前を向いたまま気づかないフリをする。



『五十って、鼓、本当に取ってこれるんですか?』


 一煌が溜め息混じりに、娘が去って行った方向を見つめている。鼓は自然な感じを装って周りを見てから、微かに口を開けた。


「可視化するのは力の消耗になります。透明なままのほうが」


 周りから一煌の姿は見えないようにしているため、鼓は小さな声で注意を払いながら言った。


『そうですね。でも、久しぶりに鼓と会えたんですから話したいんですよ』


 ガンッと音がして、爪先に痛みが走ったかと思えば体がぐらついた。道の端にあった木箱につまづいてしまい、けれど片方の足を反射的に前へと出してバランスをとれたおかげで転ばずに済んだ。


「うわっ!兄ちゃん、大丈夫か!」


「す、すんません」


 気遣ってくれたおじさんに会釈をして、じんじん痺れている爪先を気にしながらも先を急ぐ。


『顔、赤いですよ』


「……嬉しい」


『鼓のそういうピュアなところは悪役らしくないですねえ』


「悪役?」


 ぴくり、と鼓の眉が動く。一煌のほうを向いてしまった。



『ええ。鼓は悪の手下。私が悪のボスでしょうね。少なくともここのいる人間はそう思っていますよ。だいたいの世界はみんな同じです。正義を名乗ればその対極には必ず悪が生まれる。悪を決めつけるからです。しかもそれは多数決で、多く手を上げた側がそれを悪だと言えば、それが悪となる。で、決めつけられたのが私です。私から見れば、そいつらのほうが巨悪ですがね』



「俺は一煌様のために動くのみ。それが正義でも悪でもどっちでもいい」


『それは頼もしい限りです。ところで、鼓。子どもが見ていますよ』


「……あ」



 鼓は普通に一煌と話してしまっていたことにやっと気づき、口を噤んだが時すでに遅し。いつの間にか隣に男の子がべったりと張り付くように歩いていた。鼓を見上げて、不思議そうな顔をしている。


「……これ、」


 鼓はしゃがんで男の子と同じ目線になると、ポケットを漁り始めた。男の子はズッと垂れてきた鼻水を体を揺らしてすする。


「お兄ちゃん、おばけ見えるの?僕には、何も見えない。すごいね」


「うん、まあ、それなりに。光の粒、あげる」



 菓子店の娘に貰ってあった光の粒を三つ、男の子の掌にのせる。一つが落ちてしまいそうになり、男の子は慌てて両手を使った。



「ありがとう!」


 ぱあっと光の灯った笑顔。鼓は「可愛い」と呟き、男の子にポーッと癒されていると。



「む、息子がすみません!ほら、行くよ!」


「あ、まま!お兄ちゃん、ばいばいっ」



 母親が真っ青な顔をして息子を抱き上げ、凄い早さで去っていく。鼓は男の子に「ばいばい」と返そうとしたけれど「ば、」とだけ声を出して口を開けたまま立ち尽くした。言い終わる前に去って行ってしまった。



『……ふっ、鼓、不審者だと思われましたね』


 手を振ろうと上げていた腕をゆっくり下ろし、残念そうな顔をする鼓の横で一煌は肩を震わせてクスクスと笑っていた。



鼓と一煌はそれから怪しまれないように足早に市場を抜けて、郊外へと出た。更に進んでいき、森へと入っていく。



『鼓の言う巫女様はあの教会にいるんですか?』


「ああ。そうだ。信者たちは信仰している巫女様の生まれ変わりだと騒いでいる。予言ができるし、何より本人が生まれ変わりだと首肯している」


『へぇ。まあ、嘘でしょうね』



 納得したように頷いた一煌だったが、口にした言葉は全くの否定であり、鼓は「誠か」と呟いて目を丸くする。



「一煌様はあの人が本物の巫女様でないと?どうしてまだ会ってもいないのにわかる?」



『わかりますよ。巫女は私への捧げ物として献上されたのですから』



「それはそうだが……。」



 鬱蒼とした森を抜けるとひらけた所に出た。丘の上にある木造の瓦屋根。そこが教会だ。入り口には朱色の鳥居なるものが建っており、巫女様が言うのは神聖な教会への入口であると示すものだという。


その後ろには大きな太陽が輝き、熱がここまで伝わってくるほどだった。汗がうっすらと肌に纏わりついてくる。


 あの丘の教会が、日華で最も太陽に近い場所だと言われている。


 信者が崇拝しているのは「巫女様」。その昔、まだ一煌が夜国の王として健在だった頃の話——。


 一煌は莫大な魔力を有し、巧みに操ることができた。魔力を持たない他国の人々はおろか夜国の魔力を持つ国民からでさえ、あのお方こそ神だと崇められ、そして恐れられていた。


他国はその力を自国にも分けてほしいと、貢物を多く献上した。


その中でも、一煌が「愚かだ」と口にした貢物が、日華から生贄として捧げられた少女であった。


その少女こそ、のちに教会で崇拝される「巫女様」である。




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