30 勇気を出して
「紅弾!俺はお前と戦う気なんてねえよ!」
「……雨過天晴」
急に紅弾の動きが止まり、もう一度同じ四字熟語を口にした。来駕は距離をとって紅弾を見据えるが、当の本人はすでにぼうっとした目に戻っていて小さく唸りながら肩を回し始める。
「雨過天晴は、悪い状況が良い状況に変わっていくことだ。で?つまり、どういうことだよ」
「……入れ。俺の動きについてこれるなんてもう来駕しかいない。本人確認しただけ」
しゃ、喋った!
息と言葉が混じった気怠げな声。紅弾は「疲れた」と呟いて肩や首を触りながらもといた場所へ戻っていく。
「そういうことかよ……紅弾、ありがとな。また後で」
来駕は、きょとんとしてから、ふはっと吹き出して体を少し丸めて笑った。それからもう焦点の合わない目をしている紅弾に手を振りながら学園の中へと入っていく。
小春は一応、お辞儀をしてから来駕について行った。
不思議な人だった。人は見かけによらない、ってああいう人にこそふさわしい言葉だ。
——でももう夜の王はいないだろ?だから世界最強。
明輝の言葉が、ぐるぐる回る。
一煌の綺麗な瞳、髪が、小春の中で揺れていた。
「小春、ちょっと明輝と話をしたいんだ。学園長のところに行く前に、いいか?」
「あっ、うん、全然大丈夫だよ」
にへら、と笑う。何だかいろいろありすぎて、少し疲れたな。ちゃんと寝ていないせいもきっとある。
「さっきの紅弾って人、何者?」
と、顔を上げて聞くとすんなり目が合って驚いた。来駕はずっと小春を見つめていた。
「え、な、何?」
「……いや。紅弾はもともと夜国出身者なんだけど、学園長から門番をやってくれないかって誘われて、そのまま。目の色、グレーだったろ?グレーは学園に関わっている人なんだ。学園に身を置くと決めれば国の人間じゃなくなる。どの国にも属さない唯一の学園が帰る場所となるんだ」
「目の色って簡単に変えられるものなの?」
「変えられない。学園長とか、伊琉様クラスの力を持っていないと。学園長は特別枠だけど、そもそもそういう魔法を使えるのは夜国出身者だけだしな。それに、目の色は故郷を示すものでもあるんだ。本人だってそう簡単に変えようとは思わないだろ」
「そう、なんだ」
鼓の陰った表情が思い出される。赤紫色の目。色を変えた巫女様は、一体何者なんだろう。
「小春、学園にホテル手配してもらってんだよ」
「え?」
洋館の目の前で来駕が足を止める。フードでお互いが見えづらく、来駕は小春の顔を覗き込むように屈んだ。
休み時間なのかわからないけれど何だか生徒の数が多く、黒いフードで顔を隠す来駕と小春へ視線が集中していた。
「疲れた顔、してる」
手が伸びてきて、そんなことないよ、という返答は言葉にならず消えていく。指先が頰に触れそうになった時、来駕はハッとした顔をして手を下ろした。
「学園長への挨拶は俺一人でも大丈夫だし、先に休んだほうが」
「うん、でも大丈夫。挨拶って大事だし」
「いや、そんなことよりも体の方が大事だろ」
「でも、初めが肝心って言うし」
「それは健康で正常な思考があってのことだ。心にも体にも負担がかかりすぎてる。もう休んだほうがいい」
「で、でも」
「でももだってもない」
来駕は小春の頰を軽くつねって伸ばし、言葉を重ねた。その行動に驚いて小春は口を閉じる。
「もっと自分を大事にしろ」
来駕の瞳は深海の底みたいに暗い。柔らかくも鋭さを孕んだその声と共に手が離れていく。
「……わか、った」
ぼんやりと自分の意志とは関係なく、そうであって当たり前の自然な行為として、頷いた。あんな目をされて、言われて、断る理由が見つからなかった。
何故か踵を返した来駕の黒外套が揺れる。言わなきゃ、と小春は息を吸った。
「話が!」
風が吹き、フードが取れそうになってしまいそれを押さえながら振り返る来駕。
「話があるの。後で、少しでいいから話したい」
嘘をついて、傷つけてしまったこと。ちゃんと、謝らなきゃ。
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