28 余韻
痺れにも似た余韻のせいで立っていられなくなり、その場にしゃがみこんでしまうと。
「小春!」
来駕の声。目の前で泡がぱちんと弾けたように、と我に返った。
「え?らい、が?」
来駕が心配そうに顔を歪めている。目が合うと、肩の力を抜いて幾らか表情を和らげた。
「小春……よかった」
来駕の手が肩に触れる。温かい。
小春は、一煌の髪が肩に触れたあの瞬間を思い出していた。上書きされる、感覚。けれどその温かさに唇の冷たさがより一層際立ち、一煌のあの表情が忘れられず熱に浮かされるよう。
「あいつら金目の物を欲しがっているようだった。盗賊なんだろう。小春、何かされたり奪われたりしなかったか?……悪い。俺としたことが、油断していた」
「ううん、何も。大丈夫だよ」
欠片、と心の中で、誰かのような自分が言葉を落としていく。
小春は首を横に振って返答した。欠片を集めないと、という使命感に駆られると同時に目の前の来駕への酷い罪悪感に襲われる。騙しているつもりはないけれど、客観的にみればきっとあまりよくないことなんだろう、と。
「……っ来駕!」
「わかってる!」
今度は耳元できいんっと剣がぶつかる音が響いた。変な息の仕方をしてしまい、ひゅっと喉が音をたてる。
明輝が路地裏に入ってきたかと思えば、小春の背後に一瞬で誰かが入り込んできた。来駕がいち早く反応し、小春を自分の方へ引き寄せ剣を振るったのだ。
「……へぇ。これは強いな」
感心したような低い声。——鼓。
来駕は鼓と剣を交わしながら小春の腰を抱いて立ち上がり、大きく剣を振った。剣がぶつかり合い、鼓が距離をとる。
その少しの間にフードの中を一瞥すると、鼓も一瞬だけ小春を見た。くっきりと光を持つ赤紫色の目。刹那、微笑んだ気がした。
「こいつ!」
明輝が声を上げ、鼓の背後をとった。かと思えば、鼓は振り返りもせずに軽い身のこなしで剣を交わしてから勢いよくコンクリートを蹴り上げ、明輝の真上で、くるりと一回転した。
「明輝!」
来駕が叫び、手を伸ばす。今度は鼓が明輝の背後をとっていた。剣と瞳が、路地裏の影の中で光る。
やめて!と叫びそうになって口元を抑えた。どうすべきか、わからなかった。
鼓は固まる明輝を背後からじっと見つめる。空白の数秒後、剣を素早く外套の中にしまうと明輝に何もせず走り出し、鼓は路地裏から出て行った。
「……
からん、と明輝が剣をその場に落とす。放心状態だった。
恐怖に震えた声で、明輝は影の濃い部分にしゃがみこんだ。
小春は鼓がいなくなったほうを見つめ、あの目を思い出していた。頼んだぞ、という目だった。どこか抜けていると思っていた鼓は戦闘に長けているらしく、圧倒的な強さだった。
鼓の敬語が苦手なところや抜けている部分を少し見れたからこそ、強さを見ても恐怖は感じなかった。それに、あの目。鼓は明輝を殺そうとなんて思っていなかった、と思う。
でも来駕も明輝もそんな鼓を知らない。その恐怖を想像すると……計り知れない。
「来駕、あいつ、俺を殺れたはずなのに。俺、反応が遅れたんだ。それなのに」
「盗賊だからだろ。殺しが目的じゃないんだ。明輝」
「じゃ、じゃあもし盗賊じゃなかったら。俺は今頃——」
「明輝!しっかりしろ!」
来駕の鋭い声に明輝は怯えるように肩をびくつかせ、「ごめん」と俯きがちに謝った。
きらきらした明るい笑顔の明輝はどこにもいない。そんなにも怖かったのだと、小春はそっと明輝の肩に触れた。微かに震えている。
「……小春。ごめん、俺、何もできなくて」
顔をくしゃくしゃにして明輝は小春にも謝罪する。
私のせいでごめんね。怖い思いをさせてごめんね。きっとあの人には明輝を殺す気なんてなかったよ。——かける言葉が見つからない。
背中をさすることしか、今の小春にはできなかった。
「さっきの奴、一瞬だけ小春のこと見なかったか?何なんだ、一体」
その後ろで、来駕の困惑した溜め息まじりの声が聞こえてくる。
一煌は話さないように、と言っていたけれど。来駕の名前を聞いた時の一煌の表情、はぐらかし方。——やっぱり、来駕が一煌にとっての悪者なのかな。
小春は一煌の綺麗な銀髪とあの目を思い出して、静かに息をしていた。
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