27 触れる
一煌に言われていた通りに、と星のピアスに欠片を近づける。
「吸い込まれた。これで一煌様は力を半分取り戻せたことになる。多分」
小春には何の感触もなかった。鼓の掌を覗くとさっきまであったはずの硝子玉が二つともなくなっている。吸い込まれたんだ。
「どうだ?一煌様と話せるか?」
「……連絡の、取り方がいまいちよくわからないの。話しかければいいの、かな」
『これはこれは』
小春の星のピアスを覗き込んでいた鼓がその路地裏に響いた声に動きを止めた。目を丸くして手の甲を鼻にあてている。
路地裏に風が吹き込んで、小春と鼓の近くで小さな渦を巻く。
「一煌!」
小春は思わず声をあげた。渦は大きく薄くなっていき、銀色の艶やかな髪がふわりと揺れた。—— 一煌が現れた。
路地裏の影が一層、濃くなった気がした。
『小春、心細かったでしょう』
一煌は目を伏せて柔らかく小春に微笑んだ。
「一煌、こっちの世界にこれるの?」
唇を震わせながら絞り出した声で聞くと、一煌は困った顔をして「いえ」と首を振った。
『体は少しの間だけなら保っていられます。ずっとはまだ難しいですが』
恐る恐る体に触れると、ちゃんと体がある感触。けれど、それは曖昧で次の瞬間には感触が消えたりした。まだ、ちゃんとは難しいんだ。
『ですが、この調子なら一人でも残りを回収できそうだ。鼓、』
「はい、一煌様」
鼓は小春ほど一煌に驚いていないのか、表情を崩さずその場に——土下座した。
「え?」
『……鼓、』
呆然とする小春の横で一煌は額に手をあて、呆れたように鼓を呼んだ。鼓は「はい」と顔を上げてきょとんとする。
『私を敬ってくれているのはよくわかります。ですが、土下座は敬礼ではありませんよ』
「敬礼の仕方も敬語の使い方もわからないから……敬うという気持ちを形にしたらこうなった。気持ちは誰にも負けない」
瞬きを何回かして、小春は変わった人だなあと思いながら額についた砂を払ってあげた。
『本当に鼓は憎めない男ですね』
「はい?」
またきょとんとする鼓に、一煌は咳払いを一つした。
『よく二つも集めてくれたね』
「巫女様の力もお借りしたんだ」
小春は普通に会話を再開した二人がなんだか可笑しくて笑いそうになってしまうのを必死で堪えていた。
『そうか。巫女様……ん?巫女様って誰だい?』
一煌は目をぱちくりとさせて首を傾ける。
「……ええと、予言ができるお方で」
『ふうん。それは興味あるな。後で会わせてくれないか?』
「はい。それと残りも集めるのならお供したい。残りは夜国と日華の清輝学園に」
「清輝学園って」
小春は聞き覚えのある名前に鼓の言葉を遮ってしまった。
確か、明輝が清輝学園の二年生だと言っていた。後、来駕との任務にも清輝学園があったはずだ。
「あの学園は四国の権力が及ばない唯一の場所なんだ。だからこそ警備が厳重で中に入れない。どうしたものかと、頭を抱えていたところだ」
『小春。清輝学園を知っているのですか?』
「うん。夜国の来駕と一緒にそこへ行く予定なの」
『来駕、ね』
一煌は来駕の名前にぴくりと反応し、自分のピアスに触れながら凄艶な笑みを浮かべた。
その艶やかさに何かが飲み込まれてしまいそうで、小春はきゅっと唇を閉じる。
『それは好都合。清輝学園で私の欠片を取って来れますか?もし駄目そうなら私を呼んでください』
「では、俺は小春にお供したほうが」
『来駕は勘の良い男です。バレては困る。鼓は私と一緒に夜国の方へ』
「来駕のこと、知ってるの?一煌にとっての悪者って一体——」
きいんっと剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。
後ろを振り返りそうになった刹那、両手が伸びてきて「——あ、」と心の中で声が漏れる。一煌に頰を優しく包まれ、目が交じり合う。
小春、と体の真ん中に雫が落ちていくように、一煌は名前を呼んだ。
空気が揺れる。鼓が隣からいなくなり路地裏を出て行く気配を感じたが、目が逸らせなかった。妙に心が落ち着く、不思議な感覚だった。一煌の髪が揺れて小春の肩を撫でる。
『私のことは誰にも言わないように。小春の身を危険に晒したくないんです』
「……来駕と伊琉様のこと」
——知っている?と聞こうとすると、顎を持ち上げられた。
親指で唇をなぞられ、言葉を消される。冷たい指先、小春を見つめる一煌の長い銀色の睫毛。前髪の影、睫毛の影が小春に落ちてくる。
なんて魅力的な人なんだろう、とぞっとするほどに。
『私は何があっても、小春の味方だ』
——チリン。
一瞬だけ、一煌の輪郭が濃くなり体の厚みを感じた。
その刹那、小春は抱き寄せられる。一煌の月星紋と小春の星のピアスが触れ合い、あの音を、鳴らした。
その感触をくっきりと小春の体に残し、一煌は消えた。幻だったのではないかと錯覚してしまうほど、跡形もなく一瞬のうちに。
どうしてあの人は欲しい言葉をこうも簡単にくれるんだろう。狡いなあ。
唇の冷たさに指先で触れる。その余韻はじわじわと広がっていく。
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