26 正体



 揺れる自分の髪の毛をぼうっと見つめながら、頭に浮かんできたことに悍しい嫌悪感を抱く。


 ——また、身を任せる?それが例え怖いことだったとしても?でも今までそう生きてきたじゃない、と小春は自分の生き方を呪いたくなった。


 ただ、その場所で静かに心穏やかに生きていたいだけなのに、どうして上手くいかないんだろう。その領域を守るためにはやっぱりその生き方を変えないといけないのかな。


 来駕にも「逃げたいって思わないって私が証明してみせる」なんて言っておいて。


 小春は逃げたいと思わせる世界が悪いんだ、と思っていた。

でも、その世界をつくっているのは紛れもなく自分で。その自分が、流れに身を任せて自分の生を投げやりにしている。世界が変わっても、生き方はそう変わるものじゃない。なんだろう、この嫌な胸のもやもやは。


 こんなはずじゃなかった。世界が変わったら、もっと晴れやかな気分になると思っていたのに。嫌なものは全て、この世界にはないはずなのに。


 嫌なものが生まれてしまう瞬間が訪れるのではないか、と内心、気が気でないからだろうか。


 だんだん速度が落ちていく。陽の光が届かないところで足を止めた。



「大変、」


 声を聞いて初めて男性だと、わかった。体も凄く大きいというわけではなかったから、男性と断言できなかったのだ。


 彼は落ち着いた低めの声で一度言葉をきり、小春をゆっくりと降ろす。


 そこはどこかの路地裏のようだった。小春と男以外、人の気配はない。



「大変、無礼を。申し訳ない」


「……え?」


 それは予想外の行動だった。男はフードをあっさりと取るとその場に跪き、頭を下げたのだ。


「俺はつづみという。貴方が一煌様の協力者で間違いないか?」


「い、一煌を知ってるの!?」


 驚いて口元を両手で覆った。遠くのほうで誰かが言い争っている声が聞こえてくる。


 昼間なのに影がかかっている路地裏はまるで人が輝いて生きている場所との対比のように空気が熱っぽく重く、生々しい匂いがする。



「俺の主様だ。ずっと待っていた。復活の時を。巫女様が、貴方が今日、日華に来ると予言を。名前を聞いても?」


「小春、です……。」



 一煌のことを主と言った鼓は、奇妙な雰囲気を持つ男だった。


 登場の仕方からいって陰謀を企てていそうな雰囲気なのに、誠実で裏がなくさっぱりとしているような印象を受ける。色素の薄い金色の短髪、目は赤紫色、身長は明輝よりも高いように見える。



 そして、小春の目が奪われたのは鼓の耳朶。銀色の、揺れる月星紋つきぼしもんのピアスをつけていた。けれど星のピアスはついていないらしく、チリンというあの音は聞こえてこない。



「それ、一煌と同じ……。」


「そう。一煌様もつけている。これには月と星と太陽が表されていて、月が一煌様、星が小春、太陽が愚民ども」


「愚民?」


「明るい場所にいる愚かな人々のことだ。あいつらは自分の正しさを物差しに、夜国を馬鹿にしている。下に見ている。一煌様の強さを愚かだと口々に言う。耐えられない」


 鼓は眉間に皺を寄せ、憎しみに唇を震わせる。


「でも、どうして?貴方は日華国の人じゃないの?だって目の色が」


「これは致し方なく、巫女様に青から赤に変えてもらったものだ。卑しいことだが、仕方がない」


「じゃあ、貴方は夜国出身なの?」


「そうだ。小春、その耳の星は——」


 鼓は頷いて、小春のピアスに気づいたようだった。


「一煌からもらったもので」


「……っ!?左様か!」


「う、うん」


 今時、そんな返答をする人いるんだ、と驚いていると、鼓は興奮した様子で「ちょっと待て」と言いながら黒外套の中で何かを探し始める。


「小春、一煌様には会ったのか」


「会って、それで欠片を集めろって」


「そうか。今、一煌様とその星のピアスで連絡は取れるか?」


「ううん。取れるはずが、全く取れなくて」


「……相当、弱っているな」


 息を小さく吐き出して、鼓は手元に目を落とした。


「さっき、小春が星って言っただろ?一煌様の前に小春が現れるのは必然だと巫女様が言っていた。いずれ、一煌様の三日月は満月へと変わり、太陽を飲み込む」


「どういう、こと?」


 鼓は自分の月星紋を人差し指で弾いた。無表情に、ただの事実だとでもいうように。ぞくり、と嫌な感じが体を這っていく。



「これは四国に封印されている一煌様の欠片の一部だ。碧水と玉樹に封印されていた分がある。その二国には欠片のダミーを置いてきた。魔力のない愚民どもは、摺り替えられたなんて夢にも思わんだろうがな」



 鼓は小春の質問には答えず、丸い硝子玉を掌に二つのせて見せてきた。


 ビー玉にも見えるそれは、透明の中に黒が揺蕩っている。もう一つの方は藍色が小春を惑わすように揺れていた。


「星に」


「星、に」


 鼓の言葉をなぞるように繰り返す。


小春は屈んで鼓の掌に耳朶を近づける。



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