25 不意打ち



「そんなに噂になってるのかよ。面倒だな」


 来駕のやつれた声に明輝は苦笑いを浮かべた。小春も同じように笑いながら、明輝を見つめて口を開く。


「小春です。よろしくお願いします。明輝、さん」


「さん付けなんていいよ。呼び捨てで」


「あ、じゃあ私のことも」


「……待て。小春、お前、俺の時は断りもなく呼び捨てだったじゃねえか」


「え?だってそういう来駕は私のこと最初から呼び捨てだったでしょ。それになんか、ちょっとイラッとして……。別に呼び捨てでもいいかなって」


 素直に言葉にしてみてしまったけど、言い過ぎてしまった。小春が笑って誤魔化すと、来駕は溜め息を吐き出して片手を首の後ろに置き、困った顔をした。


 その様子を見ていた明輝が「来駕にそんなこと言う奴、はじめて見た」と吹き出して笑った。



「俺もね、来駕のこと最初はなんていうか、誤解?っていうのかな、してたんだよ。こいつの優しさってすーっげえ分かりづらいの!だから嫌いになんないでやってな」


 同じことを桜にも言われたことを思い出して、みんな同じことを言うんだからそうなんだろうな、と小春は隣の来駕へ目をやった。


「……なんだよ」


「ううん。なんでも、ない」



 心配してくれたり、不安がっているのを察知してくれたり、何気ない優しさはわかっていた。でも。


 来駕の傷ついた、あの表情がまた思い出されてしまう。


優しさ、とは何だろう。例え、小春が来駕の言葉に傷つけられたとしても、優しさをもらえればそれは帳消しになるのだろうか。


みんなが言う、その来駕の「優しさ」とやらは何気ない気遣いのことを言うのか、それとも何かもっと大きな行いのことを言うのか。小春には来駕が他の人よりも秀でているらしい「誤解されるけれど優しい」というところがよく、わからなかった。


「来駕、小春!早く日華国へ入ろう」


 明輝は小春の手を引いてニッと楽しそうに笑うと銀色の門へ向かっていき、小春にはその先が想像できなくて開けられそうにもなかった門をいとも簡単に開けた。


「明輝!そんなに急ぐなって!」


 後ろから慌てた様子で追いかけてきた来駕は小春のフードを酷く気にしているようで、顔を覗き込み、フードをグイッと手前に引いた。けれど小春はそれよりも目の前の光景に目が釘づけになっていた。


「……小春?」


「……人が、いっぱい」


「そりゃあね。一応、四国の中でも人口が一番多い国ですから」


 隣では明輝が誇らしげに笑っていて、この人はきっと光のあたるところで健やかに育ってきた人なんだろうなと小春は羨ましく思ってしまった。恐怖や葛藤や辛抱なんて言葉とは無縁なその笑顔がそれを物語っている。


 行き交う人々、奥には出店が出ており、賑わっている。真上からは太陽の光が降り注ぎ、小春の目に映るその世界はきらきら輝いて見えた。眩しすぎて目が開けられない、と少し俯く。




「で、これから王様にご挨拶なんだろ?宮殿まで行くのか?」



「いや、今夜、宮殿で歓迎の宴を開いていただく予定になっているんだ。その時に挨拶に来いと言われている。だから先に清輝学園のほうに行こうと思ってるんだけど、明輝……そういえば今日は学校じゃないのか?」


「おー……まあ、な。だって来駕と三年ぶりに会えるんだ。居ても立っても居られなくなって学校どころじゃなかったんだ!それに、俺がいなかったら門、開かなかったかもしれないだろ」


 唇をムッとさせて必死で弁解をする明輝に来駕は「そうかよ」と宥めるように言って微笑んだ。兄と弟みたいだな、と見ていて微笑ましくなる。


 来駕はぽんっと明輝の頭に手をのせて「でもな、」と続ける。


「明輝、俺よりも自分のことを優先してほしいんだよ。な?」


「……そういうこと、言ってんじゃねえよ。時には勉強よりも大事なこと、あるだろ」


 明輝は不服そうに呟いた。


ああ、なんだかわかるなあ、と小春が明輝に同感した、その刹那。



「……わっ!?」


 ふわっと体が浮かんだかと思えば視界が激しくぐらつき、次の瞬間には黒でいっぱいになっていた。腰のあたりには硬い感触。


「小春!」


 来駕の焦燥した大きな声が聞こえ、ハッとしてその黒に手を伸ばした。


 触れる。背中。誰かの背中だ。誰かに担がれている。と、小春は把握し、なんとか体を起こそうと背中を押して顔を上げた。


 小春と同じ黒いフードを深く被った人が一人、来駕と明輝へ向かって行くのを見た。



「来駕!明輝!」


 来駕は小春を見ていたが、黒装束の人が前から向かってくるのに気づき戦闘態勢をとる。その間に距離がどんどん離れていった。


 小春を担いでいる人と、その横には同じく黒いフードを被った人が一人、走っている。来駕たちに向かって行った人を含めると全部で三人ということになる。



「ちょっと!降ろしてよ!離して!」


 バタバタと出来る限り暴れて背中を叩いてみるが、びくともしない。


それにこの人、担いでいるのに走るのがすごく速い。


 隣で走っていた人の足音が遠くなっていく気がして目を向けると、急に体が揺れて舌を噛みそうになってしまった。


 どうやら道を曲がったようだった。けれどもう一人の人はまっすぐ進んで行ってしまう。


 何度か道を曲がった。今は昼間のはずなのに走れば走るほど影が重なっていき、暗い道になっていく。


 どこへ向かっているのか、この人は誰なのか、何の目的があるのか。何もわからず、来駕と明輝とも離され不安と緊張に心臓がどくどくと激しく動いていた。


 どれだけ暴れてもびくともしなかった。だから抵抗しても無駄だろう、と小春は悟っていた。だからこそ、どうしたら逃げられるか何か策を考えないといけない。それなのに、頭の中は真っ白で何も出てこない。




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