24 声
『上官に連絡がつき次第……おい、連絡つきそうか?え、電話出ない?あーじゃあ、ちょっと待ってくださいねー』
「……勘弁してくれよ」
来駕は乱暴にフードを取ると、髪をくしゃりと触って溜め息を深く吐き出した。
雲行きが怪しくなってきた、と小春が不安に思っていると来駕が振り返り、
「こは、」
と、小春を呼ぼうとした刹那。きいんとマイクのハウリングのような、耳に刺さる音が大きく聞こえてきた。驚いて咄嗟に耳を押さえる。
『来駕、そこにいるんだろ?』
『な!?お前何すんだ!おい!』
楽しそうにはずむ若い男の声。来駕はその声に反応し扉を見上げて、「
『ちょっとくらい許せよ』
『門番室に勝手に入ってくるなんて、信じらんねえ!おい!マイク離せ!』
『やだね。なあ、来駕が今日、国境超えるのなんて有名な話じゃない?夜国から入国者が来ることなんてそうそうないんだから、間抜けな君達が門番やってるってとこだろうけど。久しぶりの仕事くらいちゃんとこなせよ』
『偉そうに!お前は不法侵入で捕まるぞ!』
『捕まんないね。お前らの方がまずいんじゃないの?夜国に無礼を働いたんだ、王様の顔に泥を塗ったことになる』
『な!?』
『らーいが!ほら、入って来いよ』
ギギギィ、と重い扉が音を立てながら、ゆっくり開いていく。
どんな世界が待っているんだろう。通してもらえそうな安心感と国境を超えるという緊張と高揚感。綯い交ぜになりながら先を見据えると。
「小春、行くぞ。俺から離れるなよ」
「う、うん!」
フードをかぶり直した来駕の後を離れまいと小走りをして距離を詰める。
扉の先は、くすんだ白だった。
夜国と扉の境目——土と汚れた白の境目を跨ぐ。まるで、泥がついた靴でそのまま歩いてしまったかのように、白は淀んでいて埃っぽい場所だった。誰もいない。
此処はどういうところなんだろう。さっき話していた人たちの姿も見当たらない。
歩くごとに、かつーん、かつーん、と音が響いた。天井は思っていたよりも高く、目を凝らしてみると太陽が大きく描かれているのを見つけた。けれどそれも汚れ、霞んでいる。
冷たい場所だと、小春はフードの横を握った。
誰からも大切にされていない場所のようで、心が寂しさに冷たくなる場所のようで。
暫く歩くと、門が見えてきた。
それは銀色の門で、真ん中で開くようだった。だが今はきっちり閉められている。
その少し手前。白い小屋が建っていた。異様に白く、違和感がある。あれだけが新しい白さだからだ。
「明輝、いるか?」
と、その小屋に来駕が声をかけた。
すると、中からばたばたと床を蹴る足音が複数、聞こえてきた。と思えば急に止まり、きぃっと音がしたほうを見てみれば、小屋の扉が徐に開くところだった。
「うわあ……夜国が入ってくる。冗談じゃねえ」
「なあ、上官、今朝、ほんとになんて言ってたんだっけ。もし、あいつらの言っていることが嘘で王様の許可を得ていなかったら……。俺ら重罪になるぞ」
白い隊服に身を包んだ、中年の男二人が青ざめた顔をして扉から顔を出している。
ここからだと小屋の窓が一つ見える。その窓は開いていた。中からは食べ物の美味しそうな匂いが漂ってきていた。
この人たちは本当に門番なのだろうか、と小春は首を傾げた。
「うわ!」
「おい、押すな!」
「来駕!久しぶりだな!元気だったか?」
二人は後ろから来た男に背中を押され、そのまま小屋の外へ投げ出された。
外へ出した張本人、明輝という男は二人の妬ましそうな表情を気にする様子もなく来駕に向けて手を振り、人懐っこそうに笑った。
「ら、来駕?来駕ってあの?いやまさかとは思ったが、本物じゃねえか。俺ら殺されるのか?」
二人は小さな声でそう言いながら顔を恐怖の色に染め、体を寄せ合ってがたがたと震え始める。
どうしてそんなにも怯えているのか小春にはさっぱりわからなかった。
「明輝、今回ばかりは助かった。ありがとな」
「今回ばかりってなんだよ!相変わらずだな」
明輝という男は、すらっとした高身長でどこかの制服を着ていた。
灰色のブレザーの前ボタンは全て開けられており、黒いワイシャツに光沢のある銀色のネクタイは緩く締められている。
ミルクティー色のパーマがかかった髪、二重のぱっちりした目はオレンジがかった赤色、にこにこと緩やかな笑顔。一見、ふしだらな男にも見えるが(特に女関係)その笑顔を見た途端に健全な男だと印象が変わってしまう。
「俺、この日をずーっと楽しみにしてたんだよ。だから会えて嬉しい」
あの、笑顔の破壊力といったら。
来駕も柔らかく微笑み、「そうか」と嬉しそうだった。
「小春。
「いやいや、来駕。その息子っていう肩書は伝えなくていいから。小春ちゃん、明輝です。よろしく。夜の番人の付き添い人のことも国ですごく噂されてるんだ。どんな奴が来るんだ、ってね」
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