23 門



「国境まで闇に紛れる」


空を仰ぎながら、来駕は抑揚なくそう口にした。


その横顔は真剣そのもので心なしか余裕がないようにも見える。


さあっと風が吹き、草木を揺らす。夜空は透き通り、星屑が輝いていた。



「え?闇に?」


 漫画みたいな台詞言うな、空に魅了されて思わず言っちゃったのかな……。

困惑していると、あからさまに来駕が顔を顰めた。


「いいから静かに」


 来駕は小春の手を握り、目を瞑った。


 雲の少ない夜空には少しだけ欠けた月が浮かび、昨夜よりも明るい光を夜国にもたらしている。


「目、閉じて」


 目を瞑ったままの来駕にそう言われ頷き、目を瞑ろうとした瞬間。

黒い霧のようなものが小春と来駕の周りを漂い始めているのを見た。けれど嫌な感じは全くせず、小春は言われるがままに目を閉じた。



「開けていいぞ」



 一瞬の浮遊感を感じた後に来駕の声が聞こえ、ゆっくり目を開けた。


黒い霧はまだほんの少しだけ残っており、手で触れてみるが何の感触もない。


しばらくすると霧は消えてしまい、そうして小春が顔を上げると、一変した景色が広がっていた。



 目の前には黄金の大きな扉が聳え、それはずっと上まで続いていて先が見えない。


扉だとわかったのは細長い取手らしきものが付いているからだった。


 扉の横は一面壁になっており、それも横へずっと続いているようだった。壁は白く、所々に雫が落ちた水面のように波紋ができていた。


波紋は絶えず、壁に現れては消えを繰り返している。




 後ろには森が広がっていたが出入口のような道はなく、獣道すら見つけられなかった。


森の中を見ようとしても木々の間は闇に埋もれており、先が見えない。


けれど小春と来駕がいる場所は明るく、それは扉自体が光っているからだった。



「日華にっかとの国境だ。いいか、フードは何があっても取るなよ」


 来駕にもう一度フードを深く被らされる。


なんだか急に不安になってしまい、フードから離れた手を咄嗟に握ってしまった。




「あっ、ごめ、」



 ハッとしてすぐに離すと、フードの上から手を置かれて強めに撫でられる。


「わ、ちょっと」なんて声を出しながら顔を上げると、来駕は目尻を下げて柔らかい表情をしていた。


「俺が悪いようにはさせない。安心してろって」


「うん……。」



 嘘をついて信用をなくしたと思ったのに、と小春は触れられたフードの部分に自分の手を置いた。



「入国の許可とってくるから少し待ってて」



 来駕はそんな小春の気も知らず、扉の前まで行くと顔を上げる。



「夜の番人です。日華への入国を願います」


来駕の髪が微かに揺れる。

艶のある綺麗な黒。


流れる、沈黙。




『びっ!?……びっくりした』


 数秒後に、割れた音が辺りに響いた。


驚いて小さな悲鳴を上げながら耳を押さえる。

すごい音。びっくりした。


その高い男の声はどこからか響き、壁に反響しているようだった。




『え?待って待って。夜国から話されてるの?え?うわあ、何年ぶり?え、まじで?本当に?』




「日華の王には承諾いただいているはずですが」




 慌てる声の主とは対照的に来駕は落ち着き払っている。



『うわ、本当に夜国から話してんのか!やべえ、やべえ。夜国の奴なんて入国させるわけにいかないな』




「……いやだから、日華の王にはすでに許可を取ってあるって、さっきから言ってるじゃないですか」




 来駕は呆れた様子で、今にも溜め息を吐き出してしまいそうだ。


日華の人の声は変に高ぶっていて、面白がっているようにも思える。



『え?まじで?本当に?……おい、お前なんか聞いてるか?え?今朝なんか上官が言ってた?なんて言ってたんだよ。え?聞いてなかった?ばっか。……俺?俺が聞いてるわけねえだろ』



「夜の番人、来駕です。俺の名前くらい聞いたことあるでしょう?通してください」




 来駕は苛立ちを隠せない様子で、なんとか敬語で話しきったという感じだった。


 日華国の夜国への雑な扱いは酷いものだと、呆気にとられてしまう。なんだか国境超えるの怖いな。




『ちょっと本当に許可を得てんのか、確認しねえと。少々、お待ちくださいー』



「は?それどれくらいかかるんだよ」



 少しも悪いと思っていない男の緩い声に、とうとう来駕の敬語が崩れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る