18 傷




「生きてるけど、ちょっと今はその話は置いといて。話、戻していいか?」


「……はい」


この世界では当たり前のことなんだ、と驚きもさめないうちに、来駕は話を戻してしまう。


「来訪者には住む国を自由に選べる権利が与えられるんだ。大体の奴らは夜国から出す従者と一緒に他国を見学して、住むところを決めている」


「じゃあ、私も同じように?」


「小春は、例外」


「……ですよね」


 はは、と口角が上がらないまま笑う。

来駕のパートナーになった所為で、「普通」の来訪者が通る道から大幅に外れてしまっている。


「普通の来訪者は前の世界の記憶を全て消されてんだよ。両世界を行き来できるなんてことになったら、均衡が保てなくなるからだ。二つの世界が混じっていいことなんてない。世界は独立してこその世界なんだから」


 でも、と来駕は強調して言葉を続ける。


「夜国のことや俺たちの世界のことは『夜の案内人』から説明を受けて覚えているはずなんだよ。この世界に着いたら誰を頼ればいいか、とかもな。案内人が失態を犯すなんてこの何百年、初めてかもしんねえ。記憶を全て持たない奴なんて今まで会ったことないからな。小春、本当に何も覚えていないのか?」


「……お、覚えて、ない」


「でも、逃げてきたって感覚は残ってるだろ?皮肉だよな。わざとそこだけは残してんだから」


「そ、そうだね」と相槌を弱々しくうつ。嫌な汗をかいてきた。


「記憶が全部ないってのも、酷い話だよな。案内人の奴、いい加減な仕事しやがって」


 思わず視線を逸らしそうになってしまい、意識的に来駕の目を見るようにする。


「あ。それから、大事なこと言うの忘れてた。『夜の番人』の仕事内容な。

俺と一緒に四国をまわって世界情勢を把握し、四国の権力が無効となる独立した学園『清輝せいき学園』の期間限定講師を勤め、更に、もと夜の王である闇落ちした悪魔の封印確認もしなきゃなんねえ。その補佐役が小春だ」


「え?任務って、そんなにあるの?」


予想外の多さに、固まってしまう。

学園とかあるんだ。それに夜の王、悪魔?


「番人は、他国と関わりを持ってこその役割なんだよ。夜国を危険にさらさないようにするのが使命だ。なんせ、夜国は嫌われてるからな」


「私わからないことばっかりだよ。学園も夜の王も」


目を、逸らしてしまう。


 夜の王、と口にした時、声が微かに震えてしまった。

来駕には気づかれていないとは思うけど、この常に気が張っている感じ、嫌だな。


「道中、詳しく話すから心配すんな」


 小春の不安や緊張を感じとったのか、来駕の声色が幾らか柔らかくなった。


「とりあえず、伊琉様に何か聞かれたら全部『考えておきます』って答えるのが安全だ」


「え?どうして?」


「あの人、言葉に厳しいんだよ」


「言葉?言葉遣いってこと?」と聞くと、来駕は「違う」とかぶりを振る。


「言葉を大事にするんだ。言ったことにはちゃんと責任を持て、ってこと。あの人の前で言ったことは取り消せないから、慎重にっていう意味」


「そんな堅そうな人には見えなかったけどなあ……。」


 そう呟いてみれば、来駕も「人は見かけによらないんだよ」と小さな声で言った。


 言葉に責任を持つ、なんて考えたこともなかった。

行動に責任を持つとかならわかる。でも、私の周りでの言葉は簡単で、ふわふわしていて、形を無さないからあまりにも安易だった。


「……傷、つけたく、ないのかな」


 ぽつり、と無意識に言葉が唇から零こぼれた。


小春は私なら、を考えてしまう。

責任を持たない言葉とはどんなものだろう。

言葉は人に与えるものだ。だからきっと、誰かを傷つけたくなくて言葉を慎重に遣うんじゃないか。


「……そうかもな」


 来駕に言ったわけじゃなかったのに、彼は空気に溶けていくような声で首肯してくれた。

言葉を大事に扱う人、自分を肯定してくれる人がいるのは、とても、ほっとすることだ。

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