16 微笑
拍手が上がる中、夜の統率者もゆっくり膝をつき、来駕の耳に顔を寄せ何かを呟いていた。
ぴくりと来駕が微かに反応すると、夜の統率者は来駕の耳に触れながら崩れることのない完璧な微笑を浮かべた。
それからゆっくりと立ち上がり観衆を見回す。
「あとは、夜の番人のパートナーだけど、」
小春は来駕の横顔を見つめていた。
何を考えているのか、目を瞑り、じっとして——ゆっくりと開かれた目には力がなく、淀んでいるようにも見えた。
来駕の雰囲気が沈んで憂いに満ちているようで、小春は少しだけ苦しさを感じた。
「小春といいます。本日夜国に来たばかりのため、この後のダンスはご遠慮いただきたく」
来駕は俯いて前に垂れてきた髪を耳にかけながら立ち上がると、夜の統率者に声をかけた。
「ああ、なんだ、そうなの。じゃあこの式も緊張しているんじゃないのかな?来駕、ちゃんと優しくしないと駄目だよ」
「……はい」
夜の統率者はすぐに察して来駕の言葉を遮った。
来駕は小さく返事をして頭を下げた。その姿はなんだか従順で弱々しく見えて。
「小春、こっちに」
空気に溶けてしまうような声で名前を呼ばれる。
小春はその声に引き寄せられるように顔を上げて来駕を見つめた。
来駕はその場から手を差し出したがハッとした表情をするとすぐに手を下ろしたと思えば、ふわりと床に足をついて小春のところまでまっすぐ歩いてくる。
人々は自然と道を開けて来駕が進む先を目で追っていた。
「紹介だけ。俺の魔力で浮かべないこともないけど……ドレスだし、やめておいたほうがいいよな」
そう言って来駕は小春の手を取り遠慮がちに引き寄せる。
こういうところだろうな、女性が惹かれてしまうのは。と、小春は微かに揺れる黒髪を見つめ思う。
「来駕、」
「すぐ、終わるから」
そのまま夜の統率者のところまで引っ張られるがままについて行く。
憂いの雰囲気。来駕は何を思ってここにいるんだろう。
いつの間にか夜の管理者も床に足をついており、小春と目が合うと「やあ」と目を細め、手をひらひらと振った。
「お初にお目にかかります。夜国、夜の統率者——
「とき、あっ……小春です。よろしくお願いします」
夜の管理者——伊琉は胸に手をあて、綺麗にお辞儀をした。
頭を上げるその瞬間、大きな目に小春が映る。彼は目をゆっくりと細め、微笑んだ。
「小春様。この度は来駕の申し出の承諾、誠にありがとうございます」
「い、いえ!」
「この後、お時間ありましたら来駕と一緒に私の部屋へお越しください」
「は、はい」
見た目は小春よりも年下のように見えるが伊琉の言葉遣いや所作は育ちの良さが滲み出ており、その落ち着きようから大人びて見える。
伊琉よりも遥かに歳をとっている人々も観衆にまざり、彼に心酔している様子だった。
カリスマ性や導く力に長けているのだろうと容易に想像できる。纏う雰囲気はこの場にいる誰よりも大きく異質だった。
来駕に耳打ちされる。「小春、戻るから」と。
「では、これで失礼致します。お部屋には後ほど伺います」
最後に会釈をしてそう言った来駕と同じように小春も慌てて頭を下げた。
伊琉は「うん、よろしくね」と言って首を少し傾けると、にっこり笑って手を振ってくれた。
会場を後にして、あの衣装部屋に連れられる。部屋に入るまで来駕とは一言も話さなかった。
小春の頭には伊琉の微笑が浮かび、張り付いて離れない。
自然な笑顔。目もちゃんと笑っていたように思う。
だからこそ、違和感が残っていた。人はあんなにもずっと笑っていられるものなのだろうか、と。
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