夜の統率者

15 挨拶




***




「皆様、お楽しみいただけていますか?」



 天井が高く、ガラス張りの華々しい会場。視線はその中央へ集中していた。

静謐せいひつな微笑を浮かべる男の声は決して大きいわけではないが会場の隅々にまで届いているようで、人々は歓喜の声を上げている。


 会場は薄暗く、蝋燭の灯火のような光がいくつかぼんやりとしていた。


厚い雲に覆われていた夜空からはいつのまにか月が顔を出しており、自然のスポットライト——静かで落ち着いた煌びやかさを内包している光——を注いでいた。



 中央の男は「夜の統率者様!」と所々で声が上がると観衆をゆっくり見回して、やはり微笑むのだった。


あれが魔力というものなのか、彼はピンと背筋を伸ばして宙に浮いていた。

まるで見えない道でもあるかのように、たまに何歩か歩きながら柔らかく優しい声で観衆に伝える。



「頭上から申し訳ありません。私の声がちゃんと皆様に届きますように。それから私事ですが国民一人一人の表情をちゃんと見たいものでして。皆様よりも私が上ということではありません。対等です」




 「夜の統率者」は想像していた人と真逆だった。


物腰が柔らかく、目尻が下がっていて幼い印象を受ける。髪は来駕と同じ黒だが、光の加減で銀色にも見えた。

一見、華奢な男の子という感じで弱々しく見えるが身に纏う雰囲気には重厚な揺るぎなさ、強さを感じる。



「出番、すぐだから」


 隣から耳打ちをされ、思わず耳を押さえながらコクコク頷くと、来駕は小さく笑った。


「小春様、とてもお綺麗です」


 来駕の隣からひょこっと顔を出した桜と目が合う。



「ありがとうございます。何から何までやってもらっちゃって」



 来駕が出て行った後、すぐに桜がやってきて何もかも面倒を見てくれたのだ。お風呂も着替えもメイクも全て。

ドレスは黒と青の間、絶妙な色合いの大人の女性が好んで着そうな綺麗なものだった。小春は自分なんかにこんな素敵なドレスが似合っているのだろうか、と内心そわそわしていた。




「本日、皆様にお越しいただいたのは他でもない、『夜の番人』任命式を見届けていただきたく、ご招待致しました次第です。来駕、皆様にご挨拶を」



「はい」



 来駕も夜の統率者と同じように宙へ浮き、彼の隣へ並んだ。来駕の髪もいつの間にか整えられ、片側の耳あたりの髪は編み込まれている。

 降り注ぐ光があたり目の藍色が透き通る硝子玉のように見えた。真剣な凛々しい表情を見ているとつい見惚れてしまう。



「元騎士団長代理、来駕と申します。皆様もご存知の通り、騎士団長は隣におられます夜の統率者様でしたが、私が代理で引き継いだ形を取っておりました。ですが今回、元騎士団長である夜の統率者様に『夜の番人』のご指名をいただきました。謹んでお受けし、夜国のいしずえの一部となれるよう精進していく所存です」


「うん、とても良い挨拶だ。頑張ってね、夜の番人様」



 夜の統率者が手を伸ばそうとすると、来駕はその場にひざまずき、俯きがちになって大人しく頭を撫でられていた。



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