13 仕事





「夜の案内人から案内を受けた小春だ。俺の相手にはならない、が」


落ち着いた声で小春を紹介すると桜は口元に手をあて、ぱちぱちと瞬きをしてから深く頷いた。



「そうでしたか!早とちりを!では、夜の統率者様にお会いできるようご支度ということですね!了解致しました!」



 ハキハキと話す桜の言葉を聞いているのか聞いていないのか、来駕はまた目を落とし小春を見つめる。



人に何秒もじっと見られることなんてそうそうなく、小春は目の行き場に困ってしまった。



目を合わせているつもりが、来駕の両目をちゃんと見られているのか、片目だけを見つめているのではないか、それとも本当は睫毛を見ているんじゃないか。


目を合わせるという行為そのものが難しい。緊張しているせいなのか、それとも昔からできなかったのだろうか。



自分の目は今どこを見ているのか。変じゃないか——。


小春はじっと見られている自分の目や表情ばかりが気になって仕方なかった。




 暫くすると、来駕は美しい微笑を浮かべた。


美しいというのは、ぞっとするほどに綺麗な、それはつまり何か企んでいるような、裏のある美しさだった。



「桜、二階の衣装室に俺が連れていく。俺が呼ぶまで入ってくるな」


「……?わかりました」



 きょとんとする桜の横を通り過ぎ、奥にある華やかな会場ではなく、人々の少ない方に来駕は歩いていく。



 人の間を颯爽と通り過ぎていく最中、すれ違い様に来駕の顔を見る多くの人たち。男性は皆、来駕に気づくと体をびくつかせ、距離をとっていた。

それに対し女性は「来駕様よ」と彼の名前を嬉しそうに呼んで恍惚の表情を浮かべていた。



そんな周りの反応を気に留める様子もなく、来駕は「小春」と静かな声で呼ぶ。



「俺に少し協力してほしい」



 足を止めたと思えばエレベーターの前で来駕は幾分か楽しそうに笑った。

その子どもっぽいあどけなさの残る表情は、さっきまでの大人で余裕そうな彼とは全く違う。



「それはどういう、ことでしょうか」



小春が首を傾げると、チンッと音が鳴りエレベーターの扉が開いた。


金色の扉は木の枝のデザインで上まで伸び、花や葉が所々に咲いて扉となっていた。

枝の間からはエレベーターの中が見え、扉というよりも柵といったほうが近い。


 エレベーターの中も華々しく、白を基調としている。

天井の明かりには、水面に降り注ぐ月光のような控えめな煌びやかさがあった。壁には金色の粉の線で花と葉、枝の模様が描かれている。


このお城はどこを見ても綺麗だな、と感嘆の息をついていると上から視線をじりじりと感じた。




「仕事の紹介。いい仕事があるんだけど引き受けてくれないか?」


話ちゃんと聞いてんの?とでも言いたげに来駕は小春を見つめていた。


「仕事……?」


 チンッと音がしてエレベーターの扉が開く。


その階には白いカーペットが敷き詰められ、ホテルのように黒い扉がいくつも並んで高級感が漂っていた。

光沢のある黒、廊下には小さなシャンデリアが等間隔でぶら下がっている。



「続きは中、入ってからな」

 

来駕はある一室に入っていく。


その部屋は一面が衣装で、壁から壁へ木の枝が伸び、そこに衣装がかかっていた。


「……凄い」


 よく見ると、衣装だけでなく靴やアクセサリーも奥の方に並んでいた。

こんなの女子の夢じゃないか、と胸が踊ってしまう。



 来駕はそんな小春をよそに部屋の手前にある白い扉の前まで行くと金色の取手を掴んで開け、そこでやっと小春を下ろした。


ゆっくりと、丁寧に。小春を下ろす動作は、とても優しいものだった。



「……ありがとうございます」


「風呂に入ってから正装をしたほうがいい。夜の統率者様に会わないといけないからな」


「お風呂、」


 ここが、お風呂。

小春は口元に手をあてて、お風呂を見回した。


天井は夜空そのもののようで、星が静かに光っている。

浴槽の水面には空が映り込み、湖の静けさを思わせた。



「——その前に少し」


感動している小春の耳に届いてきた、来駕のしっとりとした声。


このまま来駕は出ていくものだと思っていた小春は言葉を続けた彼へ目を向けた。



「え?何、を」


来駕はジャケットを脱ぐとそのまま床へ落として、あの胡散臭い笑顔を浮かべる。



その意味あり気な動作と表情に小春は顔をひくつかせて固まってしまった。



「えっ、な、なんですか?」



来駕は続けてネクタイをグッと引っ張り緩めた。

おまけに首元までしめていたワイシャツのボタンまで二つ開けている。

 



身の危険を感じて後ろに下がると、浴槽に足が当たった。


 こんなこと一煌ともあったなと苦笑いしてしまう。



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