12 勘違い






こんなシチュエーション、前の世界だったら絶対になかった。

不覚にもドキドキして顔が熱くなってしまう。



しかも来駕みたいな、綺麗な人に待っていてもらえるなんて。——と、久しぶりの高揚も束の間、小春には来駕の後へ続けない理由があった。



「……あの、えっと、」


「何してんの、早く」



 眉間に皺を寄せて小春を見つめる来駕。


その表情は姫を待つ王子のような表情では決してなかった。



ああ、全然、理想の王子様と違う。でも、そんなことよりも今は重要なことがあって。



小春は気づいてくれないかな、と視線を足へ落としてから来駕をもう一度見た。

しかし来駕には何も伝わっていないらしく、更に皺は深くなっていく。


 周りの視線が痛い。こんなところで言うのは恥ずかしいけど察してくれないし、しょうがない……。



「あの、靴を履いていないので、泥が……。」



 小さな声で、熱くなる顔を隠すように下を向いた。


 真っ白でピカピカで艶やかな床。他の人たちもハイヒールや革靴だけれど泥をつけている人なんていない。


このまま中へ入ったら茶色で汚してしまうのは目に見えていた。


 ざわりざわり、と一人一人の小さな声が大きな声の波となって押し寄せてくる。



 やっぱり裸足でこんな格好って私おかしいよね、と小春はきゅっと唇を噛んだ。


すると、かつ、かつ、と前から足音が近づいてきて。



「なんだ、早く言えよな」

 


何とも思っていないような、軽い声が降ってきた。



「わっ!?」



 来駕はいとも簡単に躊躇とまどうことなく、小春の背中と膝裏に手をまわして抱き上げた。

所謂いわゆる、お姫様抱っこという抱き方で。


 ざわめきが大きくなったのがわかった。





 小春は下から呆然と来駕の横顔をただただ見つめることしかできなかった。

人の熱っぽさ、服越しに触れる力強い手の感触。



さくらは居るか」



 来駕は妙に通る声で、誰かの名前を呼んだ。


一瞬にして同じ制服に身を包んだ使用人らしき人たちが慌ただしく何かを話し始める。周りを見回している人もいた。



 桜、という名前が所々で飛び交う中、先ほど来駕にジャケットを渡した使用人の男が「来駕様」と呼んだ。



「桜らしきお団子頭が奥の方から近づいてきていますよ」


「ああ。あの髪型は見つけやすくて助かるな」


 来駕と使用人の男は顔を見合わせて笑った。


二人の視線を辿っていくと、人の間を縫ってこちらに近づいてくる黒いお団子を見つける。



「来駕様!私のことをお呼びだと、聞きしまして……って、ま、まさか!」



 人の間から飛び出てきたのは、背の高い女中だった。その目に小春と来駕を映すと、真ん丸い目を更に丸くさせて唇を震わせる。



「お相手をお決めになられたのですね!」



 パンッと手を一回叩いたと思えば、次の瞬間には喜々とした顔で目を輝かせ、距離を詰めてくる。



お相手、とは……?

小春は首を傾げることしかできない。



「お召し物が汚れておりますね。これから一曲踊るわけですし、この桜にお任せください!」


え、一曲……?


「あの、」と声を出そうとすると彼女ーー桜と目が合った。にっこりと可愛らしく笑いかけてくれる。



 自分とはタイプの違う明るい桜に圧倒されて、声が出ない。



背が高く見た目も可愛らしいため、モデルのような女性だと思った。

それなのに取り繕っていなくて、あっさりとしている。女性にも男性にも好かれるんだろうな、と小春は感じた。



「さあさあ!早くお着替えをしましょう!」


「桜、何か勘違いして——」


 桜は小春の手をとり「行きましょう」と軽く手を引いて来駕に小春を下ろすよう促したが、来駕の言いかけた言葉に動きを止める。



どうしたらいいんだろう、と来駕を見たけれど彼は桜を見て困った顔をしていた。


小春の視線に気づくと、困ったように笑ってまた桜へ視線を戻す。





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