11 中へ
小春は男——来駕の第一印象から、この人は私とは全く違うタイプの人だと思っていた。
小春が四苦八苦してやり遂げられず泣きべそをかく隣で、この男は微笑を浮かべながらいとも簡単にこなしてしまいそうな、イメージ。
だからこそ。自分にない部分を持っている人だからこそ、憧れてしまうのだけれど。
女性たちにあんなにもはっきり嫌だと言えるのだって、小春からすれば凄いことだった。
「来駕だ。開けろ」
扉に向かって静かに男——来駕は言った。
すると、扉の花々に光がぽおっと柔らかく灯り、ゆっくりと開いていく。
中の光の眩しさに何度か瞬きをして顔を上げると、そこには小春がずっと憧れていた世界が広がっていた。
お姫様のようにドレスを着ている綺麗な女性たち、タキシード姿の清潔感ある男性たち。
グラスや食べ物を手に取り、楽しそうに談笑している。
入ってすぐのところは玄関ホールで、その先の会場には大勢の人が見えた。クラシックの演奏、優雅な舞踏会。
それらを見つめていると、小春の前に影が落ちてきた。
不思議に思い顔を上げると、素朴な顔をした男性が立っていた。
「来駕様?先程まで会場におられたのでは?」
使用人らしき格好をしたその男性は小春ではなく、来駕を見ていた。
扉の近くに立っていた人のようで、反対側の扉にはまた違う男が立っている。
「あ、ああ。いや、まあ、いろいろな。預けてたやつ、もらえるか?」
「はい、只今」
使用人は急いで何処かへ行ってしまった。
来駕はまた溜め息を吐き出して「あいつよく見てんなあ」と苦笑いを浮かべる。
だってこの人、女性から逃げるために二階から飛び降りたんだもんね。
そんなの言えるはずない。と、小さく笑って横顔を見つめる。
「お待たせ致しました。それから、夜の統率者様が先程から来駕様を探しておられて。任命式がもうすぐ始まるのかと」
「……まずいな。早く行かねえと。あ。ありがとな、預かってくれて」
「とんでもございません」
来駕は灰色タキシードのジャケットを羽織り、使用人に微笑んだ。
自分がスーツを着ているからって勝手に来駕もスーツを着ているもんだと思っていたけれど、まさかタキシードだなんて。
こんなの、女の子の夢だよなあ、と小春はさっきまで感じていたひどい不安が解かれていくのを感じていた。
おとぎ話の中に入り込んだように思えて胸が高鳴ってしまう。
来駕は片耳に髪をかける仕草をしながら視線を落としタキシードを整えていた。藍色の石のピアスが耳朶に光っている。
周りの人たちも来駕のことをチラチラと見て気にしているようだった。多くの女性が見惚れている。
やっぱり綺麗な人だなあ、と顔がよく見える室内でもそう思った。
「……っと、小春」
衣装を整え歩き始めた来駕はハッとしたように足を止めて振り返った。それ
を見て、今絶対一瞬だけど忘れられていたと悟り、小春は苦笑いを浮かべる。
早く入ってこい、と来駕は小春に手を差し伸べた。
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