10 夜の役職




「ん?……ああ、別に。って、『夜の案内人』に、俺か『夜の統率者』に会っていろいろ教えてもらうように言われてたんじゃないの?そこは記憶、残してくれてるはずだけど」


「え?」



 前を歩いていた男は足を止めて振り返り、小春を不思議そうに覗き込んだ。


最初はあんなにも不審がっていたのに記憶喪失だと言った途端、饒舌になる男に気味悪さにも似た違和感がずっとあった。



 よくわからないけど、ちゃんと理由があったから記憶喪失だと言ってもすぐに受け入れてくれたんだ。



——私、今は案内人みたいなことをやっていますが——



 一煌の言葉を思い出す。彼が「夜の案内人」ということ?


どういうことだろう。一煌は悪者に支配された国を取り戻したいと言っていた。



もし一煌がその「夜の案内人」とやらだったのなら、この男と手を組んでいる?ようなことになる。


この男は「夜の案内人」のことをよく知っているようだし男の声色からは悪意や敵意を感じられない。




それとも、「案内人」とやらは一煌のことを言っているんじゃなくて、誰か他の人のことを言っているの?

将又はたまた、目の前の男は一煌にとって悪者ではない、のか。



困惑して小春は口を噤んだ。

一煌に協力すると決めた以上、目の前の人が敵か味方かもわからないのに安易に何か言うわけにいかない。


考えてもわからないことはわからない。



「案内人の手違いでそこも忘れてんのか?……珍しいな」



男は意外にもすぐに小春から離れ、前を歩き出した。


何か聞かれるんじゃないか、言われるんじゃないか、と気が気でなかった。

不思議そうな顔をしてはいたけれど、あまり詮索されずに済んでホッとした。



不審に思われなくて、よかった。



男の背中を見つめ、小春もまた歩き出す。


不安に胸がざわついた。自分の世界を捨ててこの世界に来たんだから、ちゃんと前を向かないと。

でも、出だしからこんなんじゃ、と不安は募っていくばかり。



 胸に淀んだ不安は消えることはない。縋りたくなってしまう。


男に聞こえないように小さな声で「一煌、」と呼んでみるが、やっぱり返事はなかった。


小さく息を吐き出して一歩ずつ歩く。ひんやりとした庭園の道。




ついていくしか、ないんだから。



 男の背中をただひたすらに見つめながら庭園を抜けると、お城の正面に出た。



扉の前で男は足を止めた。

大きく白い扉には、白い花々——薔薇や牡丹のような、花弁が華美な花が一面に描かれていた。



「小春みたいな別世界から来た人間がこの世界で生きていくには、まず『夜の統率者』に会うのが通過儀礼なんだ。ただ、今は宴の真っ只中で、ちょっとうるせえけど」



 男は溜め息を吐き出して、嫌そうな顔をしながら片手で首の後ろに触れた。

扉の中からは大勢の賑わいが微かに聞こえている。


「夜の統率者さんって、一体……。」


「この国の王様代わりってとこだな」



「王様、代わり……。じゃあ貴方は何者なんですか?」


答える側より今は訊く側のほうが良さそうだ、と思い、男に質問を投げかける。



「来駕だ。この国の騎士団長代理をこの前までやっていた。今は……まだ無職だな」



「む、無職って?え?じゃあ、どうしてお城なんかに入れるんですか?騎士団長代理、だったから?」



「……あー、これから就任する職があんだよ。そんなにおかしいか?」


男が小さく笑うと、耳にかかっていた髪がはらりと前に揺れた。

小春を覗き込んで、ん?と、微かに首を傾ける。



「うっ、い、いえ!」


綺麗な人だ、と思った。この国の王子様なんじゃないか、凄く上の偉い人なんじゃないか、なんて勝手に想像してしまっていた。



だってこんなにも容姿が良くて女性たちからの人気もあって。身に纏う雰囲気が圧倒的で。

そこに立っているだけで感じる静かな艶麗えんれいさ。


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