8 出会い





 あの人、私のこと助けてくれたりしないかな。

と、どんどん遠くなっていく背中を見つめる。


この建物に入って誰かに話しかけるよりは、今一人でいるあの人に声をかける方が賢明に思えた。


 息を吐き出して、汗で熱が籠るブラウスを気にしながら歩き出す。



「やっぱり、入りづらいよ……。」



 バルコニーを見上げて声を漏らした。

その外観は絢爛けんらんで、日本にはない外国のお城みたいだった。お城なんてちゃんと見たことないけど、おとぎ話に出てきそうな白い綺麗なお城。


 お城に入る勇気なんて到底湧いてこない。

今はあの人に声をかけてみるしかない、と意気込むけれど。歩き出そうとして足を止めた。



「一煌……。」



 一煌は何て言うだろう、と小さな声で呼んでみるがやはり反応はない。



ひとりぼっち、と心の中で呟く。心細くてたまらなかった。


それに誰が一煌にとっての悪者なのかわからない。あの人かもしれないし、別の人かもしれないし。





そうは考えても、まずはこの世界に順応しなければ何もできない。





 一歩を踏み出して、あの人に声を。


背中を見据えて、小春は走り出した。




久しぶりに走った。

裸足で踏みしめる芝生、熱くなる体と息遣い、体が一生懸命機能している。——生きている感じがした。



「……あ、のっ!」


 もう少しで届く。足を緩めると急激に体が酸素を欲した。息があがり声が出せず、胸は激しく上下する。



 男が小春に気づき振り返るその瞬間、苦しさに耐えかねて小春は膝に両手を置き俯いてしまった。




 最近、全く運動していなかったから苦しい。走るって、こんなにも苦しかったんだ。



 男がじっとこちらを見つめる気配を小春は感じていた。

早く顔を上げないと。

そうは思うものの体が悲鳴をあげて、もう少し落ち着かないと話なんて出来そうにもなかった。



「俺は『夜の番人補佐』になる女としかダンスは踊らないって、さっきから何度も言ってるだろ」


「……え?」



 男の不機嫌な声が降ってきた。その言葉の意味がわからず息を整えながら激しい気怠さと熱を感じながら、なんとか顔を上げる。




 藍色の目、白い肌、深い黒髪。綺麗な顔立ちの男が鬱陶しそうに小春を見下ろしていた。



 彼は黒いワイシャツを着ていて、それは小春の世界と同じもののように見えた。



 胸に手をおいて呼吸を整えていると、目が合う。


すると、みるみるうちに男の表情は険しいものへ変わっていった。



「その黒目……。碧水へきすい国の者か!一体どこから入った!」



鋭い声、強い敵意に小春は体をびくつかせた。


何か誤解されている、と鼓動がはやくなっていく。


とにかく話をしなきゃ。でも、なんて言えばいいんだろう。

どうしてこの人はこんなにも怖い顔をしているの?



「あの……ひっ!」


「変なマネはすんなよ」



 話をしようと近づくと、男は小春の腕を掴もうとしてきた。


小さな悲鳴を漏らすと男は一瞬手を止めたが、結局小春の腕を掴んだ。



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