7 自由
……これが自由、なんだろうな。でも。
激しい不安が襲いかかる。
心臓が激しく動き、汗が滲んだ。
しかも仕事のスーツにハイヒール、バッグ。全部そのままで来てしまった。
勝手にもっと一煌が面倒を見てくれるものだと思い込んでいた。
長い時間、ピアスで意思疎通ができるものだと、勝手に。
それに、もっと夢みたいな世界だと思ってしまっていて。
雲の上とかパステルカラーの世界とか。そう、ファンタジックな。
そもそも恐怖なんて概念そのものがないような世界を想像していた。
だけどここは、現実味のある働いて眠らないといけない世界。
そういうふうに私の体ができているから仕方がないんだ、と小春はお腹のあたりをさする。
世界が違っても、ご飯を食べて眠って生きるために働かないといけない。
体の作りがそうなっているからだ。変わらないなあ、と息を吐き出す。
「……どうしよう。でも、せっかく逃げられたんだし、助けたい、し」
一煌の気持ちを考えれば、できる限り助けになりたい。
その気持ちは本当だった。だけど、それと不安はまた別物で。
小春は両手で顔を覆おおった。
もしかして私は型に
「型に嵌る」というのは、普通に学生をして就職をして、多分普通に結婚して老後をそれなりに過ごすこと。
生きるためだけに働く。小春にとってはそれが苦痛だった。だから、はみだしたくて逃げ出したのに。
型に嵌る安心感から抜けた途端、戻りたいと思ってしまう矛盾。
輪郭から中身だけドロドロと出て行ってしまったよう。裸にされた感覚は恐怖そのものでしかなかった。
……どうしよう。怖い。
「くそっ!やってられるか!」
静かな夜の中、急に聞こえてきた荒いくっきりとした男の声。
その後に大きなダンッという音が聞こえてきた。
思考がピタリと止まり、顔を上げる。
声がした方を見ると建物の壁がなくなる先——ぼんやりと光が漏れていた。
引き寄せられるように草の上を歩く。
ハイヒールが土に刺さって体がぐらついた。
歩きづらくて、気づく。
もうこの歩きにくい、頑張って歩いてきた靴を履く必要はなかったんだ、と。
ハイヒールを脱ぎ捨てるとストッキングごしに土の弾力を感じた。土がひんやりと冷たくて気持ちいい。
「
「私とダンスのお約束は!」
「私もお供しますわ!」
女性の高い声が耳を擘つんざく。
建物の壁が終わるその先には立派な庭園が広がっていた。噴水や整えられた芝生、色とりどりの花壇。
白や蒼いランプが土の上の所々にあり、庭園を幻想的に照らしていた。
「来駕様!」
「お戻りになって!」
女性たちは二階のバルコニーから身を乗り出し庭園へ目を向け必死に叫んでいる。
ドレスを身に纏まとい、綺麗に着飾っている女性たちは自信に満ち溢れ、小春にはとても眩しく見えた。
彼女たちの視線の先——バルコニーからの淡い光が辛うじて届く距離に男性の後ろ姿を見つけた。黒いスーツのようなものを着ている。
あの人、まさか二階から飛び降りたの……?
女性たちの様子、さっきの大きな音から、そうとしか考えられなかった。
「残念ね。来駕様とペアになりたかったわ」
「どの口が言うのかしら!貴方の言葉が来駕様の気に障ったんじゃなくて?」
「私の言葉?貴方がベタベタするからきっと気を悪くされたのよ!」
一度も振り返らなかった男に諦めたのか、女性たちは鋭い声を出してお互いを言葉で攻撃しながら中へと戻っていく。
あの男が、「来駕様」だろうか。
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