5 怖い明日





「その星のピアスと月夜神社の神紋は共鳴するんです。だから、いつでもこの世界と夜国を行き来することができます。まあ、望めばですけど。もう二度とこちらの世界に戻って来たくないのであれば関係ないですが」



「……はい」



 ああ、そうか、と小春は急に不安になってしまった。


今の生活には何の希望もなく、ただ息をして「行い」としてだけ生きている感覚があった。



生きている意味ある?と幾度となく思った。



けれど、いざ別世界に逃げることができるとなると、もしあっちの生活の方が今の生活よりも悪かったらどうしようとか、上手くやっていけるのか、とか。不安が渦巻いてしまう。



「まあ、気楽に考えて。逆に言えば、いつでも帰ってこれるということですし。小春は頭で考えすぎているのでは?もっと感覚的に決めてもいいと思いますよ」



「そう、ですね。慎重になりすぎるところ、あります……。」



「考えて考えて、をずっとやっていると疲れますよ。嫌にもなります。だから逃げたいと思うんでしょうけど。とりあえず、新しい世界に飛び込んでから考えればいいじゃないですか。一歩を一緒に。ほら」


「わっ」



 一煌の所作は自然で丁寧だった。

小春の腰に手を当て前に出るようエスコートし、祠の目の前まで移動する。


その自然さは拒否するという選択肢をなくしてしまうほどで、小春の足は何の躊躇もなく動いた。



不思議な、あまり良くないであろう感覚だった。体は動くのに、心だけがさっきまでいた場所で置き去りになっている。


ドクン、と心臓が鳴る。

きっと今よりもちゃんと生きられる世界に、行ける。きっと。きっと、そうだよ……。



自分のしていることだけれど、まるで第三者目線で、他人目線で見ているようなことがあった。


どうしても逃げられないから。逃げ方がわからないから。そうすることで現実逃避をし、自分を守ってきた。それに、流れに身を任せるのは楽だ。



でも。本当にこの人と逃げていいのだろうか。


迷いの渦が胸に現れるのを小春は感じていた。


だけど、この期を逃したら一生、逃げ道がなくなってしまうんじゃないか。きっと行ったほうがいい。きっと。と、心の中で不安を押し込める。





目の前には別世界。後ろには嫌いな自分の世界。



どうしよう。これでいいんだよね。

正解がわからない。あんなに逃げたいと思っていたのに、何を迷うことがあるんだろう。



選択肢が目の前に揺れている。自分で決めないといけない。でも、そんなのには慣れていなくて。



迷い、は怖さと同じようなものなのかもしれない。

怖いんだ。流れに抗うことも、逃げたくて行くはずの別世界というやつも。


でも、それ以上に怖いのは今の世界での「明日」。




——あ。と、小春は顔を上げた。

私は、明日が、未来が。来て、ほしくないんだ。そんな世界にいても……仕方がないじゃないか。



「さあ、行きますよ」



 一煌の凛とした声が聞こえたと同時に祠の扉が勢いよく開いた。


真っ白な光の塊が祠の中から眩まばゆく小春を包み込んだ。




 ぽんっと背中を軽く叩かれるとその光の中に引き寄せられ……——。




その瞬間、頭の中いっぱいに家族の柔らかく笑う顔、友達の心配そうな顔が溢れた。


走馬灯というやつだろうか。一瞬のうちに家族も友達も通り越していく。


明確な感情にならない、泣き出したくなるような気持ちでいっぱいになる。



白い光の中にじわりと藍色の現実が滲んで拡がっていき、そこからぶわっと広がる夜空の世界を、見た。

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