1 夜国

夜の番人

1 願い




——……神様。どうか。お願いします。




 小さな神社の祠ほこらで時長ときなが小春こはるは合掌し自分の手に額をすり寄せた。



 住宅街の用水路に、コンクリートで固められた小さな橋が掛かっている場所があって、そこから三歩——朱色が剥がれ白っぽくなった鳥居に着く。


手を真上に伸ばせば簡単に触れられるくらい、小さな鳥居。



鳥居をくぐり五歩——小さな朱色の祠の前に着く。

祠には、ちょこんと藍色の幕がかかっていて、くっきりとした黄色の神紋しんもんが二つ横に並んでいる。

月星紋つきぼしもんと呼ばれるこの神紋は、三日月、左上の小さな丸で星、外側の輪郭で太陽が表されている。



 閑静な住宅街に突如として現れる古い祠。

神社と言っていいのか分からないほどに小さい。


祠はぴったりと閉まり中は見えず、何の神様が祀られているのかもわからない。


それでも小春は毎日願っていた。



 会社からまっすぐ帰っても夜の八時を過ぎてしまう。


社会人になってから一人暮らしを始めた小春は、家の近くにあるこの神社をすぐに見つけた。


億劫な気持ちで重い体を引きずりながら、ふと、見つけた場所。


鳥居のすぐそばにある石柱には「月夜つきよ神社」と彫られている。




ゆっくり歩かないとすぐに見落としてしまいそうな本当に小さな神社だけれど、小春にとっては、かけがえのない場所となっていた。




 ——……どうか、私を逃してください。お願いします。



 入社した会社の人間関係が上手くいかず、けれど退社するにしてもスキルも何も身につけられていないため転職は無謀のように思えた。


両親に顔向けができない。人間関係くらいで、と言われるのがオチだと、苦しさに身悶える日々が続いていた。

八方塞がりとは、まさにこのことだと思った。


 人間関係だけじゃない。他にも嫌なことはある。一番大きいところがそこ、だというだけで。

ぽつりぽつりと嫌な理由は簡単に並んでいく。


会社をやめて収入がなくなるのが物凄く怖い。


再就職先を見つけるのが億劫でたまらない。


だって、また就活の時みたいに笑顔を貼り付けて「自分はできる人間です」と思ってもいないのにアピールするのは辛い。





逃げる勇気がないんだ。だから、明日も、今日と同じ明日を過ごす、だけ。


でも「今日」はもうすぐ終わる。昨日と変わらない今日が、終わる。だから、もう嫌なことは考えない。

また明日、嫌なことは考えればいい。



「……よし。リセット」



 ゆっくり目を開けて息を吐き出す。


毎日会社帰りに寄ってお祈りをするのが、ルーティーンとなっていた。



此処に寄らないと一日が終わらない。



小春にとって「お祈り」が自分を解放する大事な儀式となっていた。



神社でお参りをしたら、会社のことは全部忘れて、気持ちよく家に帰る。


不安なことは考えない。落ち着く夜を過ごす。そう、決めていた。



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