第16話-2 過去を知るは間違いと後悔ばかりで

「おはよ…」


「ああ… ほらよ」

挨拶を済ませると、少年は此方に鞘に入った刀を投げてきた。勇夜は、それを掴みずっしりとした重みに体が沈んだ。


「急に投げないでよ!」


「悪かったな、まあ、身体強化すれば持てるだろ? 他の奴にバレたくないし、さっさと始めるぞ」

少年は鞘から刀を抜き、勇夜に向ける。


「むぅ… わかった」

勇夜は顔を膨らましながら、同じように刀を向けた。だが勇夜自身乗り気ではなく、真剣は人を傷つける物と教え込まれていたので構えに迷いがあった。


「勝敗は、相手を崩すか寸止め、刀を手元から離すでいいよな。じゃあ行くぞ」

少年は走りだし、刀を振り勇夜と打ち合いを始めた。少年は袈裟斬り横斬り、切れ目のない攻撃をしていた。対して勇夜は攻めることなく防御に徹し、その全てを捌いていた。他者から見れば攻め混んでいる少年が有利に見えるが、その実捌いている勇夜は迷いはあるが、少なからず余裕があった。

少しの間そんな状況が続き、少年は内心舌打ちをする。今まで勝てたことはないが、覚悟を決めて挑んだ戦いだけに今日こそ勝つ気でいた。目に見えて勇夜は攻めに欠け、迷っているにも関わらず自分の渾身の剣術を容易く捌いている現実に、焦りと苛立ちが募ってきた。


勇夜は如月の剣術が大好きだ。どんなに辛くても毎日毎日同じ事を続けるくらい楽しくてしょうがなかった。どんどん上手くなる毎に周りも父親も褒めてくれた。皆も同じだと思っていた。でも目の前の友人は鬼気迫る気迫で攻めてくる。この気持ちに勇夜は向き合わないといけないと思っていた。そして何より自分の剣術を曲げたくなかったから… そこからは勇夜も少しずつ攻めに転じ、いつの間にか形勢は変わっており、少年は防ぐのがやっとになっていた。勇夜はあと少しで勝てる…そう思い始め、そして欲が生まれた。それは幼いがゆえの欲、"どうせ勝つならカッコよく勝ちたい"そう思い考えたのは、以前父親が見せてくれた如月流の奥義 "月下舞陸斬げっかむろくざん" 上段の振り下ろしから繋がる6つの斬撃だ。一度も試したことがなかったが、出来る気がしていた。そうして勇夜の攻撃で隙が出来た少年に勝つために技を放った。結果から言えばその技は完璧には遠い未完成のものだった。だが未完成というだけで形にはなっていた。それは純粋な努力と才能の賜物であった。


少年の消耗していた体では当然受けきることが出来ずに、途中で刀を弾かれてしまう。本当であればこの瞬間勝敗が決まったはずだった。しかし勇夜の刀は止まることがなかった…いや、制御出来ない技を使った時点で止めることが出来なかったのだ。勇夜は何とか止めようとするがその刀は、無情にも少年の顔を切り裂いた。

少年の左目から血が吹き出し勇夜の顔に付く。少年は左目を抑え、痛みに叫びを上げる。勇夜は呆然としていたが次第に自分がしてしまったことを理解する。大切な友人を大好きな剣術で傷つけてしまったことを…

叫び声が聞こえたことから家の大人が飛び出してくる。瞬時に状況を見て適切な処置がされていき、勇夜にも声が掛けられるが、勇夜は答えることができなかった。そして夢であってほしいと意識を落とした勇夜が、次に目を覚ましたときには、大切な友人も剣術を大好きな自分も居なくなっていた…


ーーーーーーーーーーーーー


「それが勇夜と俺達の過去」

靖耶は、話し終わると息を吐いた。アリサは悲痛な顔をしたが、一つ気になることがあった。それは今のはなしには靖耶が一度も出てこなかったから、その理由は、すぐにわかった。


「俺が何でこんなに状況を理解してたか、多分気になってるよな。それは……俺があの場に居たからなんだ。決闘の話しがされたときも決闘のときも… そしてそれが俺の罪なんだ」


「どういうことなんですか?」

アリサは今の言葉に説明を求めた。


「その時の俺は、勇夜が憎かったんだ。何の責任も重圧もなく、ただ楽しく剣術を覚える姿が…なのに周りからは期待され、才能があって、決闘の話を聞いたとき負けてしまえと絶望しろと…そう願ったんだ。本当は2人が真剣を使うことはできなかったんだ。場所を知らないから、だが俺はそれを準備したんだ。父さんから次期当主として教えられてたから。本当ならその場にいた俺は止めなくちゃいけない立場だったのに私怨で動いてしまった!失ったのは勇夜の大切な友人と勇夜の剣術を奪ったこと。俺は最低な奴なんだ」

アリサはそう話す靖耶の顔を見たが悲しそうな表情からは、激しい後悔が窺えた。


「話しすぎたな。あまり俺が離れてると駄目だから俺は戻るよ。勇夜が目を覚ましたら試合の事伝えてくれ。 決勝は昼休憩後だから間に合うだろう」

靖耶はそう言うと部屋から立ち去った。部屋の中には眠っている勇夜とアリサの2人きりになった。


「そっか…如月君も大事な人が居なくなったんだね… しかも自分の手で傷を付けて…辛いよね。私もね、大切な人がいたんだ…とても大切な人が…でも……っ!」


その先の言葉をアリサは紡ぐことはできなかった、きっとこの先を言葉にすれば昔の自分に戻ってしまうような気がしたから、なにもできなかった自分に…そして絶望した自分を思い出すのが怖いから…本当の自分はどんな人なのか。

アリサは気付けば時間が進んでいることに気づいた。いつの間にかアリサも眠ってしまったらしい…顔を上げ体を起こすと寝顔の勇夜が目の前に写る。それと同時に勇夜の目が開かれるのを見た。


「んっ」

勇夜の目が醒めると、ベッドに横たわっているのを理解した。夢で繰り返される悪夢のような過去…勇夜は頭を振り、横を見ると少し寝惚けた表情のアリサが座っていた。その瞬間先程の試合がよぎり、


「「ごめん(なさい)」」

2人声が重なった。2人目が合わさり同時に困惑した。


「最後の辺り、少し意識が戻ってたんだ。でも止められなくて…君を傷つけるところだった。本当にごめん」


「私こそ、あの魔法を使っていなければ今回みたいなことならなかったし、私の方こそごめんなさい」

互いの謝罪が交互になされる。


「試合の方はどうなった?」


「如月会長が止めてくださって、保留になったの。私達で話し合って決勝に行くのを決めてくれって」


「そうか」

少しの間が空き、アリサが話し始めた。


「如月君の話を会長から聞いてしまったの。過去の事…」


「っ!」

勇夜はアリサの言葉に驚きを隠せなかった。そして次第に顔が俯いていった。


「私には、何も言えない。軽蔑もしない。大切な人を失うのはとても辛いことだから… でも過去はどんなに辛くても悲しくても乗り越えなきゃいけない時が来るの、前に進むしかないの… 酷い世界だよね」

アリサは無理に作った笑顔で勇夜に微笑む。その姿に勇夜は


「ありがとう。フェルム」

感謝を伝えた。何に対しての感謝かよく分からない所があるが、それでも伝えたかった。


「うん! それじゃあ、私の事アリサって呼んでね」


「えっ!」

突然の事にアリサを二度見した。


「だってそれなりに話してるのに何時までもこの呼び方じゃ変でしょ私は勇夜君って呼ぶから」


「うぅ~、わかった… アリサ」




「……はい!」

アリサの名を呼ぶと少しの間が空いて、明るい笑顔を此方に向けて返事をされた。


「っ!!」

不意打ちだった。いつも笑顔を殆ど見ることのなかったアリサの笑顔がとても綺麗で、体温が、主に顔の温度が上がっていくのを感じた。勇夜は顔を背け腕で隠す。アリサが不思議そうに見てくるが、真っ赤になっているであろう顔は全く冷めなかった。覚悟を決めてアリサの方を向くと笑われてしまった。


「ふぅ… 俺の事も呼び捨てでいいよ」

少し収まった感情からに言葉を掛ける。


「ありがと、でも私はまだ恥ずかしいから勇夜君でいいよ」

先程とは違い、アリサはどこか避けるように遠慮がちに言葉を選んでいた。まるで、名を呼びあうようになったのに距離を感じるようだった。


「そういえば、セリエ達の試合はどうなったんだ?」


「私も少し眠ってたみたいで、解らないんだ。放送なってたのかな」

2人で考えながら見つめ合っていると、部屋のドアが開かれた。

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