第20話 番外編 ~トール・ケネデリスの休日~
~剣騎祭 翌日 ケネデリス家~
広い空間の中にあるのは大きなテーブルとその上にある豪華な食事だ。静かな空間で発せられる音は、食事の音のみ。その場にいるのはケネデリスの当主 デュロ・ケネデリス とその妻 チトセ・ケネデリス そしてトールの3人である。
「トールよ」
物静かな雰囲気から一転、威圧感のある野太い声が響く。
「……はい」
「先日の剣騎祭、結果は負けたようだな。何か言いたいことはあるか?」
トールの目を真っ直ぐに見つめるその鋭い眼光は他者から見ても恐怖を覚える程だった。トールはその質問に若干眉を寄せ、答えた。
「ありません。全て俺の力不足でした」
「そうか… 我がケネデリス家は数少ない上位貴族だ。上に立つ者として示さなければならないことがある。それがなんであれだ。私が言いたいことが解るか?」
「……はい、強者であることは常に勝ち続けること、そしてその為にはどんな努力も厭わず、高め続けること、俺は今回負けました。だからこそ、これからこの気持ちを忘れず、俺はもっと上に行きます」
「……わかった。ならもういい。食事が済んだのなら部屋から出なさい」
「失礼します」
トールは自身の食事を終え、その場からお辞儀をしながら立ち去った。その場に残った2人の空間が静けさに包まれていた。
「ふふっ! フハハハハハ!」
突然笑い声が響き出す。
「あなた! はしたないですよ」
突然笑いだしたことに対しチトセが注意するが、笑いが収まらないようだった。
「クククッ! だってな~ トールのあんな悔しそうな顔を見るのは何時ぶりだろうか。なあチトセ、あいつが自分の弱さを認めてそれでいて前を見据えた。それが堪らなく嬉しいんだよ私は」
「ええ、そうですね。私が覚えている限り、まだ小さい頃上手くいかないことがあると直ぐ悔しそうな顔をして、出来るまでやるって我が儘言っていたことが懐かしいです」
デュロもチトセもお互いに懐かしく思いながら、我が子の成長を感じていた。
「なんたって私の息子だ。これからのケネデリスを背負うのはあいつしか考えられん!」
その言葉の後に少し考え込んだチトセは、小さく溜め息をついた。
「はぁ… 良いところばかり似ていれば良かったのに…何故趣味まで似るんでしょうね…」
「何を言う、ケネデリスの男は皆そうだぞ。正確には私の祖父からな! それに今日はその日だろうし、ケネデリスを受け継ぐにはもっと精進してもらわんとな」
更に大きな笑い声が響くなか、チトセは大きな溜め息を更に溢した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
自室
「ふむ…」
両親から自分の話をされているとは思わず、自室に戻ったトールは、出掛ける為の服装を選んでいた。手に取ったのは明るいベージュのズボンと白がベースの赤と青と緑の横ストライプが入ったTシャツ、そして上に羽織る水色のシャツを選んだ。着替え終わり、鏡で確認していると"コンコン"とノックされる音が聞こえた。
「誰だ?」
「俺なんやけど、失礼するで」
特徴的な喋り方をするのは、小さい頃から付き人をしている ケイメン・オカダ だ。ここにくるまで何をしていたのか等のことは正直知らない。両親がいつの間にか連れてきて、そういう関係になっただけだ。いつもしている笑顔は何時見ても何を考えているか読み取れず、多少不快だ…慣れたが。
「トール様…今日はお出掛けですか?」
そう言いながらケイメンの後ろから出てきたのは、リース・ベネット でケイメンと同じ俺の付き人だ。リースは俺がこの家に招き入れたのだ。ケイメンと知り合い、街中を歩いて面白半分で路地に入ると傷だらけの彼女がいたのだ。家に連れていき治療して、殆どの傷は直ったが顔と体には消えない傷が残っている。家がなく申し訳程度の保護を受けていた家で苦痛を受けていたそうだ。その家は国外追放したが、そのまま俺の家に住んでいる。家では視線になれてきたが、それでもまだ苦手らしく学園ではフード付きの服装を必ずしている。今日は家でもフードを被っているようだ。
「ああ、少し街へ出掛けてくる。何時のように付き添いは要らないからな」
今日はいわば趣味の日だ。正直誰かに邪魔されずにいたいのだ。
「わかりました…気を…つけて…いってらっしゃい」
俺は部屋を出て、外へ向かった。
「どうするん?今日も後つけるんかい?」
「うん…今日こそバレずにつける…練習してきた成果を見せるとき」
リースはそう言うとフードを取り、上着を脱ぎ捨て取り出した服を着こみ、縁の深い帽子を被って"ふんすか"と勢いのある鼻息を吐いた。
つけられているとは露知らず、トールは街中を歩いていた。周りを見渡し一度頷くと近くのテラスがある喫茶店へ入っていき、テラスの席へ座った。
その様子を遠目から見ていたリース達はコソコソと話し合っていた。
「今の所はばれてないようやな。練習の成果出とるんやないか?ここまで来ること無かったしな」
ケイメンはリースを称賛しているようだったが、当のリースはトールを凝視して集中していた。
「トール様は…何であそこにいるの? 喫茶店なんて行くとこ…初めて見た」
リースとケイメンがトールを見守りながらヤキモキしているとき、その本人が考えていることは何なのだろうか。
「("ふむ、今日は良い日のようだ。なんたって足を出している女性が多いからな。ほうあの女性の足、一見太めに見えるが肉付きも良く、程よく筋肉質だ。我が家で作成しているパンストを履けば、よりムチっとして足のラインがより引き立つだろうな。恐らく黒が良く似合うだろう。黒色のパンストはより引き締まって見えるからそれが俺の心を擽るんだ。他には、っ! まさかあれは、その品質、手触り、見た目その全てが最上級で数少ない作成数から滅多に出回らない。我がケネデリス家の最高級のパンストじゃないか! そしてそれを履いている女性…なんて美脚だ!パンスト越しでもわかるあの素晴らしい美しさ、スタイルもさることながら、足の肉付きバランスが最高だ! そしてそれを引き立てる最高級のパンスト、あれは素晴らしい、今まで見てきた多くの女性の足を上回る最も俺の心を揺さぶる最高の作品だ!)"」
トールは口に出さず、心の中で興奮していた。両手を顎の下に乗せ、端から見ればクールな表情に鋭い目付き、そんな顔で見られれば大抵の女性は顔を赤らめるだろう。だが考えていることは完全な変態である。そんなトールを見つめていたリース達にも変化があった。
「トール様…あんなにあの女を見つめて…まさかトール様は…ああいう女性がタイプ?」
リースは威圧感のある鋭い眼光でトールに視線を向け、建物の角に置いていた手に力がこもり、小さなひび割れができていた。
「ああ…あれは女性を見てると言うよりは、なんというか…」
それを見てケイメンはトールの見ている場所に気づき、苦笑しながら頬を掻き、リースとトールを交互に見ていた。
数刻経過し、満足げな表情でトールは喫茶店を後にした。トールは街を歩き始め何かを探しているようだった。リース達は思った以上に疲れたようで、まだ残ろうとするリースをケイメンは落ち着かせ、先にケネデリス邸へと足を向けた。
~リースら到着後、少し経ちケネデリス邸~
「ただいま戻りました」
トールは扉を開け戻ってきたようだ。何やら袋を持っている。リースとケイメンはトールを迎える為玄関へ急いだ。
「トール様お帰りなさい」
リースは先程の出来事から、どう接しようか少し悩んでいるようだった。
「ああ…リース少しいいか?」
「?」
リースは呼ばれ伏せていた顔を上げトールへ近づいた。
「いつもフードだからな。たまにはこういうのも良いんじゃないかと思って買ってきたんだが…」
そういって袋から取り出したのは、白色がベースで深いツバが一周して、控え目なピンク色の小さなリボンと可愛らしくワンポイントで小さなピンクの花が付いている帽子をリースへ見せた。
「私に?」
「無理にとは言わないが、良かったらな」
トールは頬を掻きながらリースの反応を伺うが、次第に震えだしたリースに困ったような表情をし、どうしたのか訪ねようとしたが、リースはその前にトールから帽子を受け取った。
「うう"ん……うれ…しい… わた…しこんな…だか…ら、めい…わく…かけてると…おもっ…たか…ら、あり…がとう…トールさま…たい…せつに…する…ぜったい…に…とー…るさ…ま……だいすき!」
声が震え、涙を流しながら言葉を伝えたリース。最後は笑顔でトールに思いを伝え、帽子をぎゅっと抱えながら走り去っていった。
そんな姿を見つめながら呆然としていたトールにケイメンは肩を叩き、ニヤニヤしていた。ハッとしたトールは頬をまた掻きながら、恥ずかしそうに少し赤く染まった顔をしていた。
余談だかその日の食事中、トールとデュロの会話があの女性の話で盛り上がっていたことは2人だけの秘密らしい。
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