第15話 傷つけるは容易く 求める力はまだ遠く


「ハァ…ハァ」

勇夜は荒くなった呼吸を深く深呼吸をし、気を落ち着けていた。

相変わらず体が痛みに悲鳴を上げているが、なんとか持ちこたえその場から動こうとした。


「負けた…負けた… くそ!!」


「立てるか?」


「お前の情けなんて必要ない!」

勇夜の出した手を振り払われ、ソルと目が合う。その目には涙が浮かんでおり睨み付けていた。


「俺は…俺は!」

ソルは自らの怒りをどこに向ければいいか、それがわからないようにも見えた。


「おい2人共、次の試合があるからとっとと移動しろ。如月は次の試合をもある。どっちも保険医のところにいって治癒してもらってこい。それにお前達の戦いは、少なからず影響があったぞ」

審判がそういうと、勇夜達は周りを見渡した。そうすると観客席からは拍手と歓声に溢れていた。"どちらが勝ってもおかしくなかった、いい試合だった、これからがとても期待できる試合だった"等、勇夜とソル、2人向けて声が上げられていた。

ソルは一瞬ボーッとしていたが、ある一点に目を向けた瞬間に下を向き、そのままこの場を去ろうと動き始めた。それに合わせて勇夜も痛む体を抑えながら、治癒の為に移動する。途中ソルの見た場所に目を向けるがその意味が解らず、誰か大事な人が見に来たのではないかと勝手に解釈をしていた。保険医のところで治癒を施してもらい、勇夜は今少し横になって休んでいる。その時に、もう一試合の勝者が アリサ に決まったことを勇夜は知った。本気の戦いを見たことがなく、どのように戦うか考えを巡らせたが、それよりも体を休めることが第一だと思い、勇夜は目を瞑った。第二試合は10分後、準決勝はおおよそその30分後位に始まる。少し時間が過ぎ、不意に目が覚めた。部屋の前に誰かが来たようだ。だが入ることがなく、後から来た人と話し始めた。


「父さん…来てたんですね。負けてしまいました。すみません」

部屋の前に居るのは先程まで戦っていたソルのようだった。


「…いや、お前が謝ることはない。むしろ、よく頑張ったな。確かに勝敗だけを見るなら良くないかもしれない。ただ、ソルが見せてくれた戦いは俺を奮わせたんだ。まだ先があるんだと、そう思わせてくれた。だからソロンドは終わったんじゃない、これからまた始まるんだ。ソル…お前はまだソロンドとして戦うことは出来るか?」


「はい…はい!」


「ありがとう、父さんもまた諦めずに頑張ってみるよ。だから…もう泣くな。 ソルはこれからもっと強くなれる。それにあんなに本気で戦える相手がいるんだ、さっきの彼のように。 …もう行かなきゃな。あまり長居はできないから。 応援してるぞソル」

そこから話が聞こえなくなり1人は遠ざかり、そしてソルが部屋に入ってきた。


「っ!! 居たのかよ。 ……聞こえてたんだろ?」

聞こえたか?と聞かれたら聞いてない振りをしようとした勇夜だが、明らかに確信をもって問いかけた。


「そうだな」


「ハァ… まあそういうことだ。お前も家のことがあるように、俺にもあるってだけだ。 それに今回は負けたが、お前にはもう負けない」


「そうかもな」

そこから少し間が空いた。


「…すまなかった。……お前は俺が思っていたような奴とは違った。 戦ってそれがよくわかった。どこまでも真っ直ぐで、だからこそ読みやすかったが… お前は強かった。 だから…勝てよ、勝って見せてくれ、俺は…俺達はまだ先へ行けるって… っ!! それだけだ!」

突然掛けられた言葉に何を答えればいいか、考えたが出た言葉は一言だけ


「勝つよ」

それを見たソルは、ほんの少しだけ口元を緩ませ、そのままそこにあったソファーに座った。


"第二試合 第一戦闘場 試合終了 勝者 トール・ケネデリス"


そして第二試合も終わってきたようで、まずはトールが勝ったようだ。思っていたより時間が経っていたようで、準決勝のための準備をしようと勇夜は部屋を出た。ソルは此方を見ていたが話すべきことはないと判断したのか、特に会話なくその場を去った。

準備運動をしながら体の感触を確め、その後試合会場へ移動した。途中第二戦闘場の結果が聞こえ、セリエが勝ったようだった。これで準決勝は、勇夜とアリサ、トールとセリエに決まった。会場に着くと既に試合の準備が終わっており、観客も今か今かと騒いでいるようだ。


"定刻となりました。 両者共に開始位置に移動してください。尚、先程説明させていただきました通り、準決勝からは第一試合、第二試合と別けて行います。決勝は昼休憩を挟み行う予定となります。"


「如月君とは、ちゃんと戦うの初めてだったよね」


「ああ、俺もフェルムも訓練事態は兎も角、実技は組んでないからな」

互いに位置につき、話ながらも武器を構える。


「"両者共に準備はいいな? では準決勝第一試合、如月 勇夜とアリサ・フェルムの試合を開始する! 両者構え! 始め!"」


開始同時に互いに前へ出た。出だしは考えることが一緒だったらしい。勇夜は先に間合いへ入った。それに対してアリサは剣を右から横に薙いだ。

左下に体を反らしながらそのまま勇夜自身の間合いに入り、腹部へ左の打撃を与える。しかし読まれていたのか、左手で光の結界を張り攻撃を防ぎ、右手で持っていた剣を下から斜め上に斬り返してきた。


「っ!」

両手での防御は間に合わないと感じ、右手の手甲で防御しようとする。片手だった影響もあり、防ぎきれずに勇夜は後方へ飛んだ。


「スゥ…ハァ」

アリサは、軽く深呼吸し元の構えを取る。


"如月君に対して、安易な魔力攻撃は良くない。何とか隙を作って"アレ"に持っていく"


アリサは勝つための策を練り、それを実行するために行動しようとしていた。


"フェルムには複合魔法がある。それに一つ一つの攻撃も強い。どこかで一撃決めれるようにしないとな"


勇夜もアリサと同様にどうすべきか考える。本気で戦ったことはないが互いの戦闘スタイルは知っている。だからこそ両者共に警戒しつつ戦っていた。

観客席から息を飲む音が聞こえてくるようだった。それほどに両者が拮抗しているように見えていた。紙一重で避ける、防御する、攻撃する、そんな戦いがまだ続くかのように思えたが、急激な変化が訪れた。

先に動いたのは勇夜だった。


"火装巻旋(かそうかんせん)"


少し離れたところから速度を上げ、右手に渦を巻いた炎を纏わせ振り抜く。アリサは剣の腹で防御し受ける。衝撃を殺しきれずに態勢を崩し、そのまま


"掌底煌波"


左手でアリサ目掛けて技を放つ。勇夜は直撃を確信したが、当たる瞬間体に急停止がかかった。何が起きたのか自身の体を見ると四肢に鎖のようなものが巻き付いていた


「拘束の魔法"黒手の鎖こくしゅのくさり"」

アリサそう呟くと更に引く力が強くなり身動きが取れなくなった。何とか抜け出そうと動くが状況は変わらず、吸収しようにも手甲から離れたところに鎖がある。一か八か体中に属性強化し突破しようと考え、実行しようとしたが、その前にアリサが近づいてきた。そして右手を顔の前に出し…


"精神魔法 夢闇の誘いむやみのいざない"


急に勇夜の頭が揺さぶられるような感じがして意識が薄れていく。最後に見たのは、フェルムが"ごめんね"と言った言葉だった。


アリサは勇夜に精神魔法をかけ、顔が俯き力が無くなるのを見て成功したのを確認した。"黒手の鎖"を解き勇夜の膝が折れ、俯きながら制止していた。さっきまでの盛り上がりが嘘のように会場が静まり返った。何が起きたのか解らないという雰囲気が多くある中で、ギルド、騎士団側で話をしているようだった。


ーーーーーーーーーーーーー


「あれは恐らく闇の精神魔法だな。どういった物かは解らないが見る限り強力なようだ。闇牢様が居れば詳しくわかったかもしれないが…」


「んー、なんかあっけないっすね。正直こんな終わりかた嫌っすよ俺は」


「だが合理的だ。 勝ち負けのかかっている事ではな。 それに生死の関わる戦いにはこういった戦法も必要だ。まあ、あの少年に期待してた部分はあるから、俺も残念ではあるが」

その場から交わされる会話から納得出来た者、卑怯な事だと思う者もちらほらいたが、誰も口に出す者は居なかった。


ーーーーーーーーーーーーー


「私は、私には目指さなきゃいけないことがあるの。だから今ここでは負けれない。 後で恨んでくれていいよ。だから…ごめんね」

そして無情にもアリサの剣が、勇夜に向けて振り下ろされる。


キン!!


まるで金属と金属がぶつかり合ったような音が響く。アリサは信じられないものを見るような表情をし、観客は何が起こったのか前のめりになりながら、起きたことを確認する。


「えっ?!」

アリサは困惑した。何故なら決着をつけるために振り下ろした剣が弾かれてしたこと、そして弾いたのは、今勇夜がいつの間にか右手に持っていた刀だったからだ。そして勇夜はゆっくりと立ち上がると、静かに刀を構えた、

顔は俯いていたので表情は解らず、辺りは不気味な程の静けさが漂っていた。


"どういうこと? 如月君は刀を使えない筈だよね。それにあの武器、魔力を帯びてる? ううん、それよりも魔力自体が武器になったような…"


アリサは頭を切り替え構え直し、勇夜の動きを見ながら攻めようと考えた、その瞬間勇夜が動き出し、ノーモーションで間合いを詰めた。あまりの静けさにアリサが対応に遅れるほど自然に。そのまま上段から水平に切り下ろす。アリサはなんとか防御する。しかし勇夜の攻撃はこれで終わらず、続けざまに剣を浴びせていく。


"どうして?精神魔法は成功してるはず、なのに… っ!!"


攻撃の合間に勇夜の顔が上がる。しかし目の焦点があっておらず、平常ではないことはわかりきっていた。つまり精神魔法に掛かっているにも関わらず勇夜は攻撃をしているのだ。しかも自身が使えないはずの剣術で。

そして次々を繰り出される剣術に周囲は、舞を見ているような不思議な美しさを感じていた。アリサは途切れない剣術になんとか反撃するが、捌かれまた防御に徹するしかなかった。ブツブツと小さく呟く勇夜の剣術は鋭さを増し、遂に均衡が破れる。


"如月流 剣術 攻ノ型抜刀 頭突閃雅とうとつせんが "


勇夜は抜刀の構えをし、一瞬攻撃が止む。それに乗じてアリサは好機と剣を振った。しかしそれに合わせ勇夜は振られた剣に合わせ、柄頭を突きそれを弾く。そして一度引き戻しアリサを抜刀で切り上げた。

そしてアリサの結界が壊れ


"そこまで! 試合終了 勝者 きさ…っ!!"


試合終了が告げられ誰もが終わりと思った瞬間に…


「あっ」

勇夜は止まらずに、結界の無くなったアリサの頭を目掛け、刀が振られていた。突然の行動に審判さえも反応出来ずにいたが、振られた刀はアリサに当たらず宙を舞って飛散する。そこには現生徒会長 如月 請耶 が自身の刀を振り刀を弾いていた。


「勇夜… 少し寝てろ」

弾かれた瞬間に、勇夜は意識を取り戻したようだが、それを見て請耶は勇夜の意識を刈り取りそのまま肩に担ぐ。

周囲が唖然とする中、請耶は言葉を発した。


「今の試合、如月 勇夜の勝利となっていたが、終了となってからの過剰攻撃があった! しかし、意識がはっきりとしてない状況での事であった。その為後程、双方との話し合いの末どちらが決勝にいくか決める! この試合は俺の預かりとさせてもらいますが、構いませんね?学園長」

請耶は、混乱する状況の中で今の結果について話し、許可を求めた。


"えぇ 只今の発言について、学園長からの許可が出ました。ギルド、騎士団共に問題ないそうです。 それでは只今の試合結果を保留とし、第二試合の準備を開始致します。暫くお待ち下さい"


「大丈夫かい?」

請耶は、勇夜を担ぎながらアリサに手を差し伸べる。


「っ!はい…大丈夫です」

アリサは手を取り、まだ少し痛む体を押さえながら立ち上がる。


「じゃあ俺は、勇夜を保険医の所に連れていくから」

請耶は、その場を去ろうとする。


「待ってください! 私も一緒に行きます」

アリサは、同行することを決めた。何が勇夜に起きたのか、そして請耶は何故あんなに悲痛な表情を見せたのか… それを確めるために。


辺りはざわめきが大きくなり、先程までの静けさが嘘のように感じるようだった。

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