第17話 A7









2本並んだシロツメクサの白さが、殺風景な部屋に彩りを加えてくれた。





 あの次の日、詩帆に新聞勧誘の件を話すとちゃんと鍵をかけて寝ること、インターフォンが鳴っても心当たりがなければ居留守を使うことを徹底的に指導された。

 私のことを本気で心配しているのが伝わってきて、いい友達と出会えて本当に良かったなと心から思った。

 でもそのすぐ後に、草深さんと夕飯を食べた話をすると興味津々で沢山質問をされてからかわれた。

 私は何だか恥ずかしかったが、詩帆に質問されたことで変に草深さんを意識してしまうようになった。

 


「赤の女王仮説は1973年にリー・ヴァン・ヴェーレンによって提唱されて…」


 授業は実習も始まってきて、いよいよ忙しくなってきた。

 衛生動物学の実習ではノミやダニ、ゴキブリについて学ばなければいけなくて、虫の嫌いな私には拷問の様な時間だったが、それでも新しい知識が増えていくことは素直に嬉しかった。

 ノミにはイヌノミとネコノミがいて、微妙に顔の形が違うことなんて大学に来なければ一生知る機会もなかった様に思う。

 ネコノミの方が顔が尖っているので悪そうに思えると詩帆に伝えると、詩帆もそう思っていたらしく二人で笑った。

 座学では地球環境科学がお気に入りで、特に始めの授業の原始の海での生物誕生についての講義はとても面白くて、あっという間に時間が経ってしまった。


 バイトも始めのうちはパンの種類を覚えるのが大変だったが、今ではレジ打ちも慣れたもので、お客さんをあまり待たせることなくさばける様になってきた。

 入りたての頃に焼きたての食パンをビニールに入れる時にビニールを閉めてしまって怒られた常連のお客さんも、今では私の接客を褒めてくれるようになった。

 どんなことでも慣れてくると楽しくなってくる。

 今ではバイトに行くのも緊張することはなく楽しみの一つになってきていた。


 詩帆は書道サークルに入った様で、春の書道展に向けて色々な構想を練っているようだ。

 大学生になったらサークルに入らないと知り合いが増えないと高校生の時にみんなが話していたのに、私は授業にバイトに忙しくしていたのでサークルに入る時期をすっかり逃してしまっていた。

 バイトがない放課後には、サークルに向かう詩帆を見送ってからスーパーで買い物をして帰るのが私の日常になっていた。

 グラウンドに響く運動部の掛け声や、ホールから漏れてくる吹奏楽部の音が響く夕暮れのキャンパスを学生の笑い声が染めて、私はその中をスーパーの袋を持ちながら銀杏並木を歩いた。

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