第12話 G
母親について歩く子供みたいに、私は草深さんの部屋の中に入った。
同じ間取りのはずなのに、草深さんの部屋は私の部屋とは雰囲気が違う。
キッチンに並べられた調味料は、普段から自炊していることを示していたし、男の人の一人暮らしのイメージとはかけ離れた台所は、完璧と言ってもいいくらい清潔だった。
「あがって、あ、サラダとパンも持ってきてくれたの?俺、なんか作ろうかと思ったんだけどいらなそうだな。とりあえず部屋入ってテーブルに置いておいて」
草深さんはポトフに火をくべて、食器棚からスープ用の深いお皿を2つ出しながらそう言った。
コンロにかけていたウサギのマークがついた黄色の可愛らしいポットからお湯をお皿に入れると、キッチンに湯気が広がった。
「それ、何してるんですか?」
「ん?皿?あぁ、あったかいもの食べるんだし、すぐに冷えないように皿を温めてるんだよ」
なるほど、と思い私も今度から真似してみようと思った。
言われた通りにキッチンと部屋を隔てるドアを開くと、オレンジ色の照明に照らされた部屋の真ん中に広いローテーブルがあったので、その上にサラダとバゲットを並べた。
勝手に座るのも気が引けて、私はまたキッチンへと戻った。
「あの、何かお手伝いしましょうか?」
草深さんの邪魔をしないように、斜め後ろあたりからそっと声を掛ける。
「あぁ、いいよ。もうすぐだから適当に座ってな」
私の方を一瞬振り返って柔らかく笑う草深さんは、ポトフと睨めっこしながら鼻歌を歌っていた。
私は再び部屋に入り、床に直接座った。
私は友達の家にお邪魔するのさえ少し緊張するタイプだったので落ち着かなかった。
何か考えていないと心臓の高鳴りがおさまりそうもなかったので、そういえばポトフの味は大丈夫かなとか、サラダはこれだけで足りるかなとか考えていると、すぐに草深さんがポトフを入れたお皿を持って部屋に入ってきた。
「クッション使っていいよ。これ」
テーブルにお皿を置いて、ベッドの上のクッションを私に渡してくれた。
テーブルを挟んで真向かいに、ベッドを背にして草深さんが座って、おもむろにコンポのリモコンを手に取り再生すると、柔らかいピアノとギターのジャズの曲が流れてきた。
「うまそー!サンキューな!冷える前に食べようぜ、いただきます!」
草深さんはサラダを2人分小皿によそってくれた。
サラダを口にすると、目を見開いた。
「あれ?今日のうちのカフェのドレッシングの味、真似してみたの?うまいじゃん、やるなニャン丸」
「はい、あの、とっても美味しかったので、チャレンジしてみたんです」
「美味いよこれ。ポトフもいただきますねー、ってニャン丸も食べろよ」
促されて私も食べ始めることにした。
サラダのドレッシングは我ながら上手にできたと思うが、お店の味とはやはり少し違っていて、もう少し研究が必要だなと思った。
湯気の立つポトフはお皿まで暖かくて、冷え込んだ私の心の奥までゆっくりと染み込むようで、1口食べると急に涙が出てきてしまった。
「ごめんなさい、私、すごく怖くて…さっきは本当にありがとうございました」
涙を拭くものを探していたがポケットに何も入っていなかったので、結局エプロンで拭く。
エプロンをつけてきてしまったのか私…と思ったが、それよりも涙が止まらなかった。
暖かい食事をして、安心してしまったのかもしれない。
「どういたしまして、これからはすぐに玄関開けたりするなよ?新聞の勧誘とか結構しつこいからさ、俺も1年の時はビビったよ」
「草深さんもですか?」
「そう。いたいけな少年を狙ってさ。引っ越したその日の夜に来るんだもんあいつら。不動産屋と繋がってんのかと思ったよ」
スプーンに乗ったじゃがいもを息で冷やしながら、草深さんは笑った。
「ほら、熱いうちに食えよ?腹減ってるんだろ?そっちのニャン丸も泣いてびしょ濡れだよ」
エプロンを指差してから、近くにあったティッシュを私に渡してくれた。
私は涙を拭いてから、再びポトフを口にした。
「なんだかしょっぱいです」
私が作ったポトフなのに、草深さんが温めてくれただけで何故だか草深さんの暖かみが加わったようで、私は照れ隠しに笑った。
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