第11話 Dm
草深さんが玄関を出てすぐに、隣の部屋のドアが開いて閉じる音がした。
香水の香りが微かに残る、静かになった部屋で冷静になって考えると、何だかすごく大胆なことをした気がする。
一人暮らしの男の人の部屋に上がるって、それ、いいの?
そもそもそんなに深い仲ってわけでもないのに…。
いや、でもさっきのお礼だし…。
(とにかく部屋で待ってるみたいだから、早く行かないと)
2人で食べるにはサラダが少し足りない気がしたので、キャベツを急いで追加で千切りにして大皿に盛った。
なんだか緑色だけで見栄えが悪いので、トマトを切ってその上に綺麗に並べて作ったばかりのドレッシングをかける。
ポトフだけじゃお腹が空くだろうから、バイト先で買ったバゲットも何切れか適当に切ることにした。
薄いグリーンのミトンをつけて鍋を持って、サラダのお皿とバケットをナイロンバックに入れて部屋を出る。
部屋の外はアパートの廊下の蛍光灯が照らしているだけで、物音ひとつしない。
たった数歩の距離を歩くのに、これほど勇気が必要だとは思わなかった。
何度も何度も深呼吸をして、一歩ずつ一歩ずつ、ゆっくりと草深さんの部屋へ向かった。
扉を前にして大変なことに気がついた。
両手が塞がっていてインターフォンが押せない。
「草深さーん…」
私は悲痛な声で部屋の主に呼びかけた。
するとすぐに目の前の扉が開いて、草深さんが笑顔で迎えてくれた。
「お、来たなニャン丸。サンキュー!」
私からポトフの両手鍋を受け取ると、私の部屋の間取りとはちょうど線対称になった位置にあるコンロに置いて火をかけた。
「部屋、鍵かけた?」
「あ、両手が塞がってて、かけてないです!」
「お前、あんなことがあったんだからちゃんとしろよ?ほら、早くかけてきな。あ、悪いスプーンとかフォークとか、自分の分持ってきてくれる?」
私は急いで部屋に戻って、言われた通りスプーンとフォークを持って部屋の鍵を閉めた。
また扉の前に来てしまったが、今度こそインターフォンを押すべきか、それとも普通にこのまま入っていいものか悩みあぐねいていると、扉が開いて草深さんが迎えてくれた。
「何やってんの?早く入れって、外冷えるし、風邪ひくぞ」
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