第2話 F

 


この街の空は狭くて息が詰まりそうだった。

 




 入学式が終わって次の朝、まだ荷ほどきされていないダンボールの山の中で私は目を覚ました。

 ベッドの横の壁には緊張を包み込んでくれた新品のスーツがハンガーにかけられている。

 ドアを隔てたキッチンの方からは冷たい空気が入り込んできたが、雫石の風に比べれば暖かく感じた。


 冷蔵庫には昨日急いで買った卵とベーコン、ミニトマトが入っていて、私は新品のトースターに食パンをかけてから、ダンボールと睨み合いをしてフライパンを取り出した。


 2口のガスコンロの片方にフライパンを置いて、未開封のサラダ油の蓋を開き油を少しだけ落とした。

 ベーコンを1枚、いや、2枚。

 フライパンの上で音を立てて踊るベーコンの上に左手で割った卵を落とす。


(しまった、三角コーナーがない)


 卵の殻を流しにそのまま落として、熱くなったフライパンに水を入れ蓋を閉めた。

 1Kの小さな部屋に食パンの焼ける匂いと、香ばしいベーコンエッグの匂いが広がる。

 昨日の夜は疲れで何も食べずに寝てしまったので、視覚と嗅覚だけですでに食事をしているようなものだった。


 実家から持ってきた白地に銀色のラインが施された皿に蓋を開けたばかりの出来立てのベーコンエッグを隣に乗せて、ミニトマトを2つ可愛く並べた。


 トースターの「チンッ」という音が部屋に響いて、朝が始まる。


 掃き出し窓から入る光に包まれていると、昨日の夜の寂しさが嘘みたいだった。

 それでも私以外に誰もいない空間は静寂に包まれていた。

 ナイフとフォークが立てる音だけを聞いていると気が滅入りそうで、私はお気に入りの音楽を携帯で再生した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る