スイートクローバー中毒

伊月美鳥

第1話 Intro

 








まるで恋愛小説のタイトルみたいだと思った。







 見慣れた駅舎が少しずつ小さくなっていく。

 

 電車の窓から見える景色はまだ変わらないのに、遠ざかる雲は北に流れていった。

 長閑な田園の中を緩やかに走る列車の窓からは気持ちのいい風を肌に感じたが、私の心の中までは吹き込んでくれなかった。

 

 まだ薄暗い早天の景色の中、心地良い列車の振動音がほとんど乗客のいない車内に響いていた。


 JR田沢湖線に揺られている間、私は春からの生活について考えていた。


 自分で選んだ道なのに、どうしてこんなに悲しい気分になるのか分からない。

 別に故郷に愛情があるわけじゃないのに。

 家族が恋しい年齢でもないのに。

 憧れの一人暮らしなのに。

 なぜだか涙が止まらなかった。

 朝焼けの光が前から列車を照らして、あまりの眩しさに目を閉じても視神経は光を捉えて私の瞼を赤く染めた。


 18歳の春。


 産まれて初めてこの地方を離れる私の靴は、この冬の新雪の様に白かった。

 列車が届ける景色は次第に色づいてきて、季節が移り変わるのを緩やかに教えてくれた。

 

 

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