それから
「菊池先輩。これ、誰のでしたっけ? 卒業した先輩の?」
「さあ。とりあえず、まとめて置いて」
年度末恒例の部室の片付け。自分が撮った写真は持って帰る決まりになっているけど、それを守らない人も多い。その結果、毎年誰が撮ったのか分からない未整理の写真があちこちから見付かる。一応3年の保管期間を経て処分する決まりになっているけど、他人の作品を処分するのにためらって、古い写真がどんどん溜まっていく。実際は、作品とは呼べないようなスナップ写真がほとんどだけど。
「先輩。この写真、貰ってもいいっすか?」
呼ばれてそっちに目をやり、ぎくりと肩を震わせた。心情的に距離をとりたくて、そろりと一歩後退る。
「加藤くん……それ、その写真って……岩田くんの……」
「そうです。あいつのあの写真です。もう全部返したと思ってたのに、まだあったんすね」
冬休み中に岩田くんが亡くなった。3階の自室のベランダから、飛び降りて。
インフルエンザの薬の副作用による奇行と言われているけど、学校では別の噂が流れていた。
「あの、加藤くん。加藤くんはその写真の噂……」
「知ってますよ。この写真が2人を殺したっていうバカバカしい噂でしょ?」
加藤くんは腹立たしげに言いながら、その写真を私に向ける。
山の間に沈んでいく夕陽の写真。沈む夕陽の赤と暗い山のコントラストが綺麗で、1年生が撮った写真の中で群を抜いて良い写真だと、評価も高かった。だからこそ、噂になった。
『死を呼ぶ写真』と。
この写真に見入っていた清水先輩が亡くなり、その数ヶ月後、この写真を撮った岩田くんが亡くなった。2人とも、天気のいい夕方に転落死したからか『死を呼ぶ写真』なんて、噂がたった。
「何が『死を呼ぶ写真』だよ。文化祭で沢山の人が見ていたし、俺なんか、現像する前から見てたっつーの!」
加藤くんが腹立たしげに言う。
加藤くんと岩田くんは、クラスも同じでとても仲が良かったという。噂を恐れて退部した他の1年や、ほとんど部室に顔を出さなくなった他の2年達とは、気持ちの持ちようが違うのかもしれない。だけど
「それ、お祓いとかした方がよくない?」
余計なお世話でも、言わずにはいられない。
「別に大丈夫っすよ。心配性っすね」
加藤くんに笑われ、怖がりの自分が急に恥ずかしくなった。
もうこの話はやめよう。
写真の整理は加藤くんに任せ、他を片付けようと、向けた背中に声がかかる。
「そういえば、岩田が変なこと言ってたって、クラスの奴が言ってたな」
「変なことって?」
ダンボールの中身を確認しながら、返事をする。加藤くんも、写真から目を離さずに話す。
「『夕陽に向かって飛びたくなる』とか何とか……」
「何それ?」
「岩田が転落死する少し前、駅の歩道橋から飛び降りようとしたことがあったとか……」
「加藤くん。何で今、そんな話しするの?」
しつこい程岩田くんの話をする加藤くんをいぶかしげな目で見るが、加藤くんは写真から顔を上げない。
「すみません。何でだろう? 急に思い出し……うわっ!」
バサバサと大量の写真が手から滑り落ち、床に広がった。
「ちょっと、だいじょ……」
『綺麗な夕陽を見ると、夕陽に向かって飛びたくなりませんか?』
「加藤くん……今、何か……」
声がした。少し高めの男の子の声。
「何すか? あっ! 棚の下にも入ってる! 取れるかなぁ……」
加藤くんじゃない。加藤くんは向こうにいる。それに、この声は……
『沈んだ夕陽の先には、別の世界があるんですよ』
「別の、世界……?」
久しく聞いていなかったこの声に、何故か返事をしてしまう。
『とても美しい世界です』
声に誘われるようにゆっくり振り返ると、窓の外の夕陽が目に入る。辺りを赤く染め、見慣れた景色を美しく幻想的に変えていた。
その幻想的な風景に誘われるように、そっと手を伸ばす。その手が、透明なガラスに阻まれる。
『菊池先輩も、こっちに来ませんか?』
窓の向こうから、誰かが私に手を伸ばす。顔は影になっていてよく分からない。だけど、私はこの人を知っている。
「そこは、楽しい? 岩田くん」
窓の鍵を外しながら問いかける。
返事はない。だけど、影になって見えないはずのその顔が、にっこりと笑いかけてくれたのが分かった。
この窓の外には、きっと別の世界が広がっている。
窓を開く。冷たく澄んだ空気が、部屋に流れ込む。後ろから、誰かが私を呼ぶ声がする。それに構わず、私は窓枠に足をかけた。
夕陽に誘われて OKAKI @OKAKI_11
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