第4話

「おい、岩田! 何やってんだ!」

「へっ?」

 気が付くと、鈴木と安藤に両腕をガッチリ掴まれていた。

「いや、お前らこそ何だよ」

「何って、お前こそ金網よじ登って、何する気だったんだよ?」

「えっ? まさか……」

 いいかけて絶句する。持っていたはずの鞄が、後ろに落ちていた。鞄を落とした記憶も、ここまで移動した記憶もない。足元を電車が通り過ぎる。

 俺は、何をしようとしていた?


『君ならきっと、夕陽の先に行けると思ったのに』


 鈴を振るような澄んだ声が再び聞こえた。

「大丈夫か?」

 日が完全に沈む。辺りが急速に暗くなる。

「とりあえず、帰ろう」

「家まで送って行くから。立てるか?」

 へたりこんだ俺を心配して、2人が声をかけてくれる。駅から出てきた人達が、不審な目で俺を見る。

「俺、夕陽に……清水先輩に……」

「清水先輩?」

 鈴木の問いかけに、急に目が覚めはっとする。

「悪い。変なこと言った」

 勢いよく立ち上がり、尻をはたきながらごまかすように口を開く。

「文化祭で、清水先輩に夕陽の写真を褒めて貰ったこと、思い出したんだ」

「ごめん! 俺が清水先輩の話ししたから……」

「たくっ、鈴木が悪い!」

 鈴木の肩を、安藤が強く叩いた。その音が意外に大きくて少しびっくりしたけど、鈴木は何も言わない。2人に心配かけたと、罪悪感が胸を占める。

「そうだ! お前のせいだ! 試験の点数が悪いのも、お前のせいだかんな!」

「試験はカンケーねーだろ」

 意識的に明るい声を出して鈴木の肩を軽く叩くと、ようやく2人にも笑顔が戻る。

「明日、学校来れるか?」

 俺が降りる駅に着く直前、安藤が聞いてきた。家まで送るという鈴木の申し出は頑なに断り、周りから白い目で見られるほどわざと明るく振る舞う。

「当たり前……いや、鈴木のせいできっと、明日はベッドから抜け出すことも難しい……」

 大袈裟な動作で額に手を当てて言うと、鈴木ではなく、安藤の呆れ声が返ってきた。

「そうか。追試まで面倒みきれないが、せいぜい頑張れよ」

「全然大丈夫! 全日程全教科自己最高得点をたたき出してやるぜ!」

 今度はビシッと立てた親指を、2人に突き出す。2人は苦笑混じりに返事をくれた。

「せいぜい頑張れ」

「気をつけて帰れよ。途中で倒れんなよ」

 2人に手を振り、電車を降りる。

 すっかり暗くなった家路を速足で歩く。

 さっきのは、勉強疲れが見せた夢だ。幻聴だ。清水先輩には悪いけど、もう忘れてしまおう。清水先輩のことも、夕陽の写真も。

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