第5話 第二のフラグがやってきたようです

玉座の間に足を踏み入れると、改めてその豪華絢爛な造りに目を見張る。


舞踏会にも使われるというこの場所は、ステンドグラスからの光が白い大理石に反射して幻想的に輝き、中央に敷かれた深紅の絨毯や、外からの光を溢れるほど取り入れている窓のカーテンには、細かく繊細な刺繍が施されており、非常に華やかだった。


そして、絨毯が続くその先の、黄金に輝く椅子には、この国を統べる唯一の王、フィリップ国王が座っていた。


 上を歩く絨毯が足音を吸い込み、辺りは王子の婚約者候補の少女を試すかのように静まり返っている。


緊張した面持ちで、しかしその雰囲気をも跳ね返すように、アイリスは前だけを見据え、すっと背筋を伸ばして歩いた。


王の前に着くと、両手でスカートの裾を軽く持ち上げて腰を曲げながら、頭を深々と下げた。そして膝をより深く曲げ、


「メルキュール家長女、アイリス・ロ・メルキュールにございます。今回は陛下のご拝顔の栄に賜りましたこと、この上ない誉れでございます。」


と言った。

一週間みっちり仕込まれたおかげで、挨拶は完璧に言えるようになっていた。


「面を上げよ。」


力強い声が響いた。

顔を上げると、威厳に満ち溢れた王の姿に圧倒される。


(これがティエラ国の王…)


その堂々とした佇まいに気圧されそうになるも、何とか顔に出さずに前を向く。


「そなたのことはジョンから聞いている。―なるほど、ローズにそっくりだ。」


「お褒めに預かり光栄です。」


父と母を愛称で呼んでいるあたり、メルキュール家との関係は良いらしい。


「陛下。」


横にいた父親が前に進み出た。


「アイリスは美人であるのはもちろんのこと、とても聡明な子でございます。きっと、殿下の良き妻となることでしょう。」


そう自信満々に話す父に、国王の前で何を言っているんだと肝が冷える。


「そうであろうな。」


しかし国王は面白そうに笑うと、


「エドワードは別室で待っている。私も後から行こう。」


と言った。


すると、端で控えていた執事が来て、アイリスたちを部屋へと案内した。


「失礼いたします。」


笑顔を崩さないようにお辞儀をして王の前を去りながら、アイリスは王子をフるための手順を思い返していた。




「王子殿下はお体があまりお強くないですので、別室にてお待ちいただいております。」


長い廊下を進みながら、執事は説明した。


(体弱いんだ…)


アイリスは、前世のことを思い出した。

小さいころは自分もよく急に熱を出し、夜中にもかかわらず病院に行くという経験が何度もあった。

もっとも、成長するにつれてそういったことはほとんどなくなったが、母はよく体調を心配していた。


(王様も心配だろうな。)


「今日はお体は大丈夫なのですか?」


あまりよくないようなら会うのを控えようと思ったが、


「はい。本日はとても元気でいらっしゃいます。」


そう答えるも、執事はどことなく心配そうだ。


(今までわがまま放題だったお嬢様と王子様を婚約させるんだもん。そりゃ心配だよね。)


以前のアイリスのわがままっぷりは、相当有名だったようだ。


(心配なさらなくとも、私はすぐに身を引く準備はできてます!)


そう意気込み、


「それを聞いて私もうれしいですわ。エドワード王子は我が国の次期国王となられる方ですもの。国民はいつでも殿下の健康を願っておりますので。」


とにこやかに返した。

その大人びた返事に執事は少し驚いた様子だったが、こういった反応にはもう慣れっこだった。


(今の私は17歳の立派な淑女ですもの!)


一週間の特訓の成果に満足するアイリス。


「こちらでございます。」


応接室の扉は重々しく、凝った彫刻が施されていた。


 扉が開くと、目の前のソファに、一人の少年が座っていた。

こちらに気付き顔を向けた少年は、自室の机の上に飾ってあった絵と同じ、金髪に薄いブルーの瞳をしていた。


少年はソファから立ち上がると、お辞儀をした。


「はじめまして。スウォィンツェ家第二王子のエドワードです。」


「メルキュール家長女、アイリスと申します。」


身分の高い王子から挨拶をされてしまい、アイリスも慌ててお辞儀をする。

顔を上げ王子を見ると、その見た目に驚いた。


(私より小さいわ…)


 病気がちだとは聞いていたが、8歳の少年にしては体が小さく、今にも壊れてしまいそうだ。

しかしそれよりも引き付けられるのが、儚げで、一見すると少女と見間違うほどの美しい顔だ。

アイリスは、その妖精のような姿に目を離せないでいた。


しかし、あまり見つめては悪いと思い、


「本日はお招きいただき、ありがとう存じます。」


と言って再びお辞儀をした。


「こちらこそ、わざわざ部屋まで来ていただき申し訳ありません。さあ、こちらにおかけください。」


示されたソファに王子と対面になる形で座ると、窓からの光を受けて輝くその姿に魅了されそうになる。


(すごいかっこいい子ね…これは絵を飾りたくもなるわ。)


幼いながらも際立つ美形に納得するも、


(でも、17歳の私は小学生に恋に落ちたりしないわよ。)


と、本来の目的を思い出し、気を強く持ち直す。


「殿下、国王様がいらっしゃいました。」


執事が言うと同時に、扉から国王が入ってきた。


「父上。」


その場の全員が再び立ち上がる。


「エドワード、今日は体調は大丈夫なのか?」


掛けるようにと手を動かしながらそう話し掛ける王の表情は、一国の王ではなく、息子を思いやる一人の父親の顔だった。


「はい、お気遣いありがとうございます。」


答える王子も何処となくうれしそうだ。


「皆、かけてくれ。」


そういって、自身も王子の隣に座り、それに続いて全員が腰掛けた。


「ジョン、いつの間にお前の娘はローズそっくりになったんだ?」


先程とは打って変わって明るく切り出す王に、


「はい、私も気づいたのはつい最近のことでございます。」


と、父親が答えると、


「よせよせ、仰々しい。お前と私の仲じゃないか。」


と言って笑った。アイリスの父は娘の方をちらっと見ると、


「公の場では控えるようにと言ったじゃないか、フィリップ。」


とため息をついた。


(…自分だってさっき散々文句言ってたくせに。)


白い目で見るアイリス。


「ははは、お前は変わらないな。」


と笑う国王に、公爵は口をとがらせる。


「娘の前ではかっこいい父親でいたいじゃないか。」


「何を言う。人前であんなに親ばかだと、いずれ愛想をつかされるぞ。」


(国王もなかなかいうのね…)


思っていたよりフランクな国王に安心する。


「アイリス嬢、そなたはここへ来るのは初めてであったな。どうだ、ここは気に入ったか?」


不意に、国王が訪ねてきた。


「はい。この建物は私共4つの公爵家が建設に携わっているとお聞きしましたわ。この国の象徴ともあり、本当に美しく感動いたしました。」


「はは、あまり緊張せんでもよい。私もこの城は気に入っておってな。特に、メルキュール家の洗練されたデザインには目を見張るものがある。」


「恐れ入ります。」


行きの馬車で聞いたマルタからの情報がまた役に立った。


 この王宮は、4つの伯爵家が王家に献上したものだ。

戦いに優れたマルス家の防衛知識と、ユラヌス家の豊富な知識を生かして、防衛に強く、かつ王家が心地よく住まう家としての基礎を考え、建築や土木関係が得意なクロノス家がそれをもとに設計・建築した。そして、それをより王家の住まいとして威厳のあるものとし、国のシンボルにふさわしい洗練されたデザインを施したのが、芸術面に秀でたメルキュール家だ。


王家に次ぐ権力を持つこの4つの公爵家が献上することで、この城は、王家の絶対的権力を示す象徴となった。


「芸術面で言えば、ローズの歌は本当に素晴らしいものであったな。して、アイリス嬢は何が得意なのだ?」


いきなりの質問に戸惑う。

メルキュール家が生家の母親が歌を得意としたことは知っていたが、アイリスが何を得意とするのまでは知らなかった。


「娘は、絵を描くのが得意だ。よく私の絵も描いてくれるんだ。」


そう父親は鼻高々に言った。


「そういえば、私の肖像画も描いてくださったのですよね。」


続けて王子が言った。


すると後ろに控えていたマルタがさっと、アイリスの机の上に飾られていた王子の絵を差し出した。


(あ、いつの間に!ていうか、この絵、アイリスが描いたの!?)


テーブルの上に置かれた王子の肖像画を見る。


(てっきりプロの人が描いたのかと思ってた。)


この繊細なタッチを8歳の女の子が描いたのかと思うと、その才能に感服する。

だがしかし、前世で美術部に所属していたこともあり、絵画はむしろ得意分野だ。


「ええ。私ごときが恐れ多いのですが…」


王はその絵を手に取って見た後、驚いたように、


「しかし、会ったのは一年前の一回きりであろう?よく見ずにここまで描けたものだ。」


と言った。

王子も横からその絵を見つめている。


「はい。殿下の輝く金色の髪と淡い海のような美しい瞳は、絵をたしなむ者として、とても惹かれるものがありますから。」


そう答えると、王子の顔が少し赤くなったような気がした。


「それは恐れ入った。おぬしは素晴らしい才能の持ち主だな。ならば、庭園を見ていくといい。あそこは絵を描くものにとっては最高の場所だろう。エドワード、案内して差し上げなさい。」


「かしこまりました。」


そう言うと、王子は立ち上がってアイリスの前に手を差し出した。


「…ありがとうございます。」


手を取ったアイリスは、王子と二人きりになれたことに密かにガッツポーズをした。




「―こちらが庭園でございます。」


庭園に着くと、辺りに咲き誇るバラの花が日を浴びて朝露と共に、まるで宝石のように輝いていた。


「すごい…」


一輪一輪まで手入れされた庭園は、中央に位置する噴水や数々の彫刻と相まって、まさに地上の楽園のようだった。


「アイリス様は、バラの花がお好きなのですか?」


バラの美しさにうっとりとしていたアイリスに、王子が声をかけた。


「はい。バラの花は美しいながらも威厳を感じます。あぁ、でも、野に咲くような小さな花々も好きですわ。」


(前世ではよくタンポポとかシロツメクサをたくさん摘んでいって、おかあさんにあげていたっけ。)


「そうなんですか。」


王子は少し意外そうな顔をした。


「…アイリス様は絵をお描きになられるのですよね?」


「え、ええ。」


「それでは、この庭はどう見えますか?」


そう尋ねる王子に、首をかしげるアイリス。


(どうって、どういう意味だろう?)


とりあえず、感じたままのことを言う。


「ここはとても美しく素晴らしいですが…そうですね、人の手が…加わりすぎているといいますか…」


そこまで言いかけて、はっと我に返り、


「あ、いえっ決して悪いとかではなく、何というか、その、生き物は、自然のままの方がいいかなーって…」


しどろもどろになって言い訳をする。


しかし一方の王子は、何か考えている様子でしばらくじっと動かずにいた。


「…殿下?」


不安になって、そう声をかけると、


「…いえ、なんでもありません。行きましょう。」


と再び歩き始めた。


(やばい、何か怒らせたかな。このまま国外追放とかされたらどうしよう…)


徐々に不安が募っていくアイリス。



しばらく無言のまま二人、歩き続けていると、


「兄上っ!」


と、宮殿の方から同い年くらいの少年が駆けてきた。

王子と同じく金髪碧眼だったが、目鼻立ちはとても活発そうで、可憐なエドワード王子とは反対の、騎士や勇者のような印象を受けた。


(エドワード王子の兄弟かな。)


しかし、少年はこちらを見るなり血相を変えて走ってきて、王子をアイリスから守るように二人の間に立ちはだかり、思い切りアイリスを睨みつけた。


「こちら私の弟で第三王子のレオンです。レオン、こちらメルキュール家のアイリス様だ。ご挨拶しなさい。」


そう言われるも、レオンは息を荒げながら、青みがかった薄い灰色の目でこちらを睨み続けている。


(あ~、もしやこれは…)


嫌な予感がする。王子の弟、そしてこの兄と同じくイケメン顔。




(この子、絶対第二のフラグだ!)




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