第4話 第一のフラグがやってきたようです②
「…はああ~。」
ごとごとと揺れる馬車に乗って流れる景色を見ながら、この日何度目になるかわからないため息をつく。
執事から王宮訪問の知らせを受けた後、屋敷中は大騒ぎになった。
すぐにメイド長とアイリス専用の侍女たちが駆け付け、アイリスの楽しい朝食会は強制的に幕を閉じた。
その日から、新しいドレスの仕立てからあいさつや礼儀作法まで、王子謁見のための準備が始まったのだ。
(王子に会うまで一週間しかないなんて。)
朝から晩までの厳しい礼儀作法のレッスンなどにくたくたになり、もっと時間に余裕を持たせられなかったのかと不満に思うも、そんなことを言う暇もないほど忙しかった。
(まあ、ついでに色々と情報収集もできたからいいか。)
王子の婚約者には、家柄や礼儀作法もさることながら、歴史や外国語などの高い教養も求められる。
そういった知識がなければ、王を補佐する妃としての役目は果たせないのだ。
休みを取っていたアイリスの教師たちが緊急で招集され、一週間の猛勉強が始まった。
しかし、中身が17歳ということもあってか、教わる内容は難なく理解することができた。
数学や科学に関しては、日本の高校生レベルはかなり高いらしく、急に頭がよくなったことに驚きを隠しきれない教師たちの反応は面白かった。
中でも一番ためになったのが、歴史の授業だ。
歴史の時間では、この国の成り立ちや魔法についての知識を得ることができた。
この世界には魔法が存在しており、礎となる、土・風・火・水の4つの属性と、その内の組み合わせからなるいくつかの属性からなるようだ。
それぞれの属性には対属性が存在し、東西南北で言うところの、東の風属性とその対になる西の土属性、南の火属性とその対になる北の水属性があり、複合魔法もまた然りだ。
しかし、魔法を使うことのできる人は限られており、そのほとんどが貴族階級にいる。まれに庶民にも魔法が使えるものが生まれるそうだが、その場合ほとんどが騎士や魔法省といった貴族階級の仕事に就くという。
この国、ティエラ王国には様々な階級の貴族がいるが、その中でも「オリジナルズ」と呼ばれる最上位貴族が存在する。
それぞれ、土属性で建築や土木関係に長けているクロノス家、
風属性で知識の宝庫と言われるユラヌス家、
火属性で戦いに優れたマルス家、
そして、水属性で芸術の才能を持つ、メルキュール家だ。
つまり私は、王家に次ぐ権力を持つ、公爵家4本柱のうちの一つのお嬢様ということだ。
(こりゃ王子様と婚約もできるわけだ。)
自分のお嬢様っぷりに、思わず苦笑いしてしまう。
そして、そのすべての貴族の頂点に立ちこの国を統べるのが、光の魔力を持つ、王家スウォィンツェ家だ。
その力は国に夜明けをもたらし、滅びれば闇をもたらす。しかし、光の魔力を手に入れることができるのは、国王に任命されたただ一人のみ。
つまり国王は、この国にとってなくてはならない、唯一無二の絶対的存在なのだ。
(その国王の跡継ぎである王子と婚約するから、あんなに騒いでたのか…)
「はああ~」
改めて、自分が背負ってしまった重責にため息が出る。
「お嬢様、そんなにため息ばかりではせっかくのお顔が台無しです。」
そういってたしなめるのは、アイリス専属侍女のマルタだ。
「あともう少しで王都ですよ。旦那様も王宮でお待ちしておられますし、楽しみですわね。」
(ぜんっぜん、楽しみじゃないわよ!)
窓の外をにらみつけながら心の中でそう叫んだ。
「しかし、エドワード王子は次男と言えども、国王は指名制でございますから、お嬢様がお妃様になられる可能性は十分にございますよ。」
「私はお妃さまになんかなりたくないの。ただ好きな人と結婚して、悠々自適な老後を過ごしたいのよ…」
「まあ、それほどまでにエドワード王子を思っていらっしゃるなんて、素敵ですわ。」
何を勘違いしたのか勝手に盛り上がるマルタを横目に、改めて夜通し考えた「王子をフる作戦」の手順を思い出す。
(まずは二人きりになってから、王子に好意がないことをそれとなく伝える。聞かれるとまずいから、人気のないところに行きたいけれど…)
あまり良いアイデアだとは自分でも思えないが、忙しい中、それしか案が出なかった。
(王子が物分かりのいい人であるといいけど…。)
うーんと一人で考え込むアイリスの心配したのか、マルタは
「大丈夫ですよお嬢様。きっとうまくいきますわ。」
と、手を取って励ました。
「…ありがとう、マルタ」
そう弱弱しく微笑むアイリスに、恋がかないますようにとひそかに願うマルタだった。
王宮に前に着くと、その美しさに圧倒された。
公爵家であるアイリスの屋敷も、とても大きく素晴らしいものだが、目の前にたたずむ王宮には敵わなかった。
大理石の壁のいたるところに施された金細工、周りを描こう草花は枝一つ一つに手入れがなされ、バラの花はどれもみずみずしく咲き誇っていた。
(すごい、本当にすごいわ…)
今までこんなに立派な建物を見たことがあっただろうか。
贅と芸術を極めたこの建物は、まさに王の威厳を表していた。
「アイリス!」
しばらくあっけにとられているアイリスを呼ぶ声が聞こえた。
顔を向けると、父親がこちらに向かって歩いてきた。
「お久しぶりです、お父様。」
スカートを持ってお辞儀をし、顔を上げると、今にも泣きそうな父親の顔があった。
「ど、どうしたんですの!?お父様!」
心配して駆け寄るアイリスに、
「しばらく会わないうちにこんなにも大人になっていたなんて…」
と、ハンカチを握りしめる。
「旦那様、たった一週間ではございませんか…」
あまりの親バカぶりに、隣でマルタがあきれた声を出す。アイリスも心の中でやれやれと首を振る。
「さあ、王子殿下がお待ちだ。」
ハンカチをしまった父親が手を差し出した。
会ってまだ二回目だというのに、その顔を見られて安心する自分に驚きながら、アイリスは微笑む父親の手を取った。
「―まったく、王もせっかちな奴だ。相当お前を早く殿下に合わせたいらしい。」
玉座の間へとつながる廊下を歩きながらそうこぼす父親に、マルタもアイリスも慌てて辺りを確認する。
「旦那さま!ここでそのようなことは…!」
「ん?いいじゃないか。あいつと私の仲だ。」
アイリスの父、ジョン・ロ・メルキュールは、魔法学園で現国王とは同級生だったらしい。
「そ、そうでございますが…」
「それに、前から私の可愛いアイリスと王子の婚約を提案していたのに、王はずっと拒否してたんだぞ!」
そう口をとがらせる父に、
(いや、それはあなたの娘の性格が問題じゃないですかね…)
と思う二人。
「でも、私のためにいろいろとありがとう、パパ。王様にお会いできるなんて、またとない名誉だわ。」
雰囲気を明るくしようと笑顔で語りかけるアイリスの言葉に、公爵はぱあっと顔を輝かせる。
「これくらい、かわいい娘のためなら朝飯前さ。お前も、ずいぶんと大人らしくなったと、屋敷から全部報告が来てるぞ。」
「ええ!全部ですか…」
何か怒られるようなことをしたかと必死に記憶をたどる。
「使用人とご飯を食べたり、運動と言って庭を走ったりしているんだろう?」
(全部ばれてる…)
誰がそんな報告をしたのかとマルタをにらむが、当の本人は素知らぬ顔で歩いている。
(お嬢様っぽくないって怒られるかな)
報告の内容が少し心配になるアイリスだが、父親は相変わらずにこにこしながら、
「本当に、ローズに似たな。」
と言った。ローズとは、アイリスの母親の愛称だ。
「…お母さまに?」
「ああ。本当によく似ている。」
そういって笑う父親の顔をみて、アイリスもまた、幸せな気持ちになった。
玉座の間に着くと、アイリスの緊張は高まるばかりだった。
(もしこれが上手くいかなかったら、私は破滅エンドに向かってしまう…!)
この扉をくぐれば、失敗は許されない。少しだけ怖気づくアイリスの手を、父親はぎゅっと握りしめた。
ハッとして見上げると、公爵はアイリスの方を向いてにこりと笑った。
「心配しなくてもいい。王も王子も、お前を歓迎してくれるさ。」
広間の扉が開いた。
中からは輝かしい光があふれだし、アイリスを照らし出した。
覚悟を決めたアイリスは、キッと前を見据え、玉座の前と一歩足を踏み出した。
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