青年


私はただでさえ威圧感があると言われているので、あまり怖がらせないように大声を出すのを控えている。

それでも驚いた時などたまに声が出てしまう時があるので反省している。


店を開けてから2時間ほど経つが客が来る気配はしない。

しばらく待つだろうと思って私は小説の同人誌を開いた。

書いているのは主にアマチュアの小説家なので文章はプロに比べ、物足りないと言わざるを得ない。

しかし発想力やストーリーはプロにも負けない面白さがある。

客の中にも小説好きがいるからそういう人たちから聞いて新しいジャンルを開拓するのもまたいい。


「こんにちはー。いますかー」

夜中の1時を少しすぎた頃、店先で男の声がした。

私は今日はもう客は来ないだろうと見切りをつけて店じまいの準備を始めようとしていたところだった。

私が店の奥から出てくると男は店の中にある柱時計をじっと見つめていた。

「いらっしゃい」

話しかけると男はうわっと声をだして驚いてそのあと頭をかいて笑った。

「すみません急に大声出して。びっくりしちゃって」

言葉では謝罪しているが視線がチラチラと柱時計の方に向いている。

「その時計好きか」

男はドキリとして柱時計から視線を外したがもう遅い。

「いやー特に深い意味とかはなくていい時計だなあって漠然と思っただけっす」

「そうか」

「でもどっかで見たことある気がするんっすよね。まあいっか」

二人とも立ったままだったので私は椅子を示して座るように勧めた。

「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて」

男は遠慮がちに座った。

「「・・・・・・」」

しばらく沈黙が流れた。

「あの、そろそろ仕事を始めたいんだが時計を見せてくれないか」

「ちょっとまってください」

男はジャケットのポケットを探った。

が、そこになくいくつかポケットを探り3つ目のポケットでようやく見つけた。

「あったあった」

男が出したのはシルバーの文字盤が透けて歯車が見えているデザインの男向けの時計。

その時計のシルバーはくすんでいた。それに傷や汚れも目立っていたのでお世辞にも綺麗とは言えなかった。

「なんか変ですよね。僕みたいなのがこんな時計持ってるなんて。多分持ってるとしたら中年男性っすかね」

汚れているとはいえ高級感漂うその時計は、見た感じ20代後半くらいの彼のものと言うよりかはもっと歳をとった男性のものと考えた方が妥当だろう。

「これ、道で拾ったんっすよ」

「拾ったからこんなに汚れてるのか。なるほど・・・・・・って拾ったぁ!?」

思わず声を荒らげてしまった。

私が身を乗り出すのに合わせて男は体を反らせた。

「まあ、はい」

「それでその拾った時計で何したいんだ。知らない人間の人生なんて興味わかないだろ」

「興味が無いわけじゃないっすけど、持ち主の手がかりになればと」

ここなら持ち主の顔と名前がわかるからか。

「早く返すためにもさっさと探っちゃいましょ」

男はワクワクして待ちきれないようだった。

「・・・・・・ついてきな」

私はため息をついて仕事場へ案内した。


「ほえーすごいっすね」

様々な工具や部品があるこの部屋が子供心をくすぐったようで男はキョロキョロと落ち着かなかった。


「それじゃあ時計をどうぞ」

時計を貰った私は作業を始めた。


「よし、できた」

汚れてはいるものの余計な機能がないおかげで作業はすぐに終わった。すぐとはいえ1時間くらいかかったのに男は飽きることなくずっと私の手元を見て

きて気が散ることこの上なかった。

「これから映るのは完全にプライベートの話だから見せないが後で必要なところだけ私が言う」

「わかりました」

男が出ていった後で私はいつものように龍頭を押した。


流れたのはキラキラと眩しくて華やかな場所────キャバレーだった。大きなシャンデリアがここのシンボルと言わんばかりに輝いている。

そこでは小太りの男性と露出の多い服を着た女性がソファーに座っている場面だった。

『さ、メグミちゃん。開けてご覧』

男性はメグミと呼ばれた女性に小さな箱を手渡した。

『なにこれ?うわぁー腕時計?』

『そう、プレゼント』

女性がプレゼントの箱を開けるとそこにはシルバーの時計が入っていた。

『嬉しいけど、これは私が付けるにはちょっと重たいかな・・・・・・その、重量的に』

フォローをしてから、女性はやんわりと、そしてしっかりと男性に時計を返した。

『そっか。じゃあ俺がメグミちゃんだと思って大切にするよ』

『ありがと、嬉しい』

女性は引きつった笑みを浮かべて仕事を全うした。

そこで映像は止まった。


────という訳だ」

「なんか・・・・・・持ってきてすみませんでした」

「いや、別にいいんだ。それで一応持ち主はメグミって人らしいがどっちに返すべきなんだろうか」

「さあ」

男性に返すべきか女性に返すべきかで迷っているようだ。

「とりあえずお前に渡しておくよ」

私は時計を男に返した。


次の日。男は店を開いてからすぐ来た。

見覚えのある女性を連れて。

「こんちわーっす」

「こんばんは」

「いらっしゃい」

彼と一緒にいたのはメグミだった。映像にあったような服装ではなく冬らしいダッフルコートにタートルネックと暖かそうな装いだった。


「時計のことはありがとうございました」

メグミはお辞儀をした。

「でも実を言うと・・・・・・」

メグミは言いにくいのか口ごもった。

「ああわかっている。別に要らなかったんだろう」

「まあ、そうです」

わかっていたのにと男の方を見ると男は言った。

「名前がわかる方が探しやすいかなってメグミさんを訪ねたんっすよ。そしたらお礼が言いたいって」

「そういう事か」


メグミがすすすとこっちに寄ってきて小さな声で話し始めた。

「あの、店主さん。時計から映し出された記憶から私のことを見つけたんですよね」

メグミに合わせて私も小さな声で返事をした。

「そうだが。あ、見たいのか?」

メグミはちぎれんばかりに首を横に振った。

「いやいやいやいやそうじゃなくて。店主さんだけが見たんですよね。どんな感じでした?」

「おそらくあなたの仕事場で小太りの男があなたにあの時計を渡したところだ」

「そこですか」

メグミは思い切り気分が下がった様子だった。そして赤くなった顔をかくして言った。

「あの記憶って保存してあるんですか」

「まあ一応はそれを対価に仕事をやっているからな」

「出来れば破棄して頂きたいのですが・・・・・・」

「破棄する、か。破棄するとなると時計ごとじゃないといけないんだが」

言った途端メグミはストレスをぶちまけるように早口でまくし立てた。

「その時計あの男が落としたんですよね!そんなボロボロな時計いらないですし、どうせならバッキバキにしてやってください!」

バッキバキのところに力を込めてメグミは言った。

メグミが身を乗り出すのに合わせて私は体を反らせた


「あの男、本名を隠すために源氏名つけてるのに執拗に本名聞いてきたりとか、モテる、金あるアピールとかウザくって。正直誰にも見られたくないし思い出したくもないんです」

口ぶりからも相当嫌っていたのがよくわかった。

その後も悪口が延々とメグミの口から零れ落ちた。

「もうほんとに嫌な奴だったんですよ」


「いやーもう話聞いてるだけでもちょっとイライラきちゃいますねその男」

メグミと違う声が聞こえて横を見ると男がしゃがんで聞いていた。

「システムがなんのためにあるのか分かってないような輩は無視するのが一番っすね。店主さん。僕も壊した方がいいと思うっすよ」

二人の凄まじい圧が私にかかった。

「ああわかった。時計と記憶は無くしておくよ。壊すと言っても時計としての役割を終わらせるってことだからその後なら自分の手で煮るなり焼くなり好きにすればいい」


一時間後私はメグミに時計を返した。

彼女は満足気な顔で帰って行った。カバンの中にトンカチを忍ばせて。

やっと終わったと私は椅子に座って小説を開いた。

今日はどっと疲れたから目が滑ってしまっている。

私はつけていたメガネ型ルーペを外して視線をあげた。


そこには男が仁王立ちをして私を見ていた。

「まったく、お客さんがいるのに本を開くとかほんっと失礼っすよ?」

「すまない。てっきり彼女と一緒に行ってしまったのかと」

「別に付き合ってるわけじゃないのにそんなことしないっすよ。あと」

男は腕時計を外して私に差し出した。

「一応僕の時計っす。ここに来たからにはやらないとって思ったんで」

彼の時計は黒革のベルトに数字のない文字盤の時計だった。ベルトはところどころささくれ立っていた。


「さっきのよりは綺麗だが使い込み具合からしてまた拾ってきたんじゃないんだろうな」

「まさかまさか、借りてきたんですよ」

「借りてきた、か。それも十分おかしいんだけどな。それで?誰かの過去なんか聞いて何になる」

「店主さん前に持ち主の記憶って言ったじゃないっすか。だから先輩に言われたこと忘れちゃったんでそれを思い出させて欲しいんすよ」

私は顔を手で覆った。呆れて声も出なかった。

「できないっすかね」

「できるが・・・・・・まあいいか」

持ち主もいいし男を仕事場に連れていった。


「全く、初めてだ。私の仕事場に二回も入った客は」

「いやいやー」

男は照れくさそうに頭をかいた。別に褒めていないのだが。

作業を終えた私は最後の確認をした。

「それじゃ、これから見せるのはだいたい内容は分かっているがもしかしたら傷つく内容かもしれない。戻るなら今しかないぞ」

男は大きく頷いた。

「はいっす」

私は龍頭を押した。


映し出されたのはどこかのオフィスだった。もう日も傾いていてオレンジ色の光がブラインド越しに照らしていた。

いたのは二人の男性だった。

片方は若い男性で正座させられている。

もう片方はおそらく先輩でなんだか怒っているようだ。

「さっき俺はお茶買って来いって言った。

うん。確かにお茶の種類はなんでもいいって言ったよ。それで静也これなんだよ」

先輩は机に置いてあったペットボトルを指さした。こぼしたのか側面がかなり濡れている。

若い男性は俯いたままボソッと言った。

「センブリ茶です・・・・・・」

「そうだ。俺はマイナーなお茶買ってきたなって思って飲んだよ。その後何が起きた?」

「先輩がお茶を吹き出しました」

先輩と呼ばれた男性は忌々しい記憶を思い出したようだった。

「そうだよ!お前絶対知ってただろ!」

「知ってました・・・・・・」

今度は若い方が思い出して笑うのを必死に抑えていた。

「先輩の体に、いいかなって、思って」

「良薬は口に苦しってか、ふざけんな。俺の一張羅にもこぼれちゃったしよ。次はウーロン茶だ。ウーロン茶!」

「今のことをを思い出せるように時計貰っていいですか?」

先輩は眉をひそめた。

「何言ってんだ?まあいいや。無くすなよ」

「はーい」

若い方が先輩に寄って小さな声で聞いた。

「あの先輩。でっかいシャンデリアがあるキャバクラとか知りません?」

「知らねえよ!」


そこで映像は止まった。

「ああ思い出した。先輩にウーロン茶買いに行かないとなんだった。そんじゃあざましたー」

男は急いで店を出ていった。

嵐みたいなやつだったな。時計も忘れていったし。

時計にメモが貼ってあった。

『また来るんでちゃんと保管しててくださいっすよ

犬山静也』

また来るのか。

私は頭を抱えた。

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