第10話・厨房の戦士たち

「おし、ラストオーダー終了!片づけに入れ、野郎共ォ!!」


「オォ疲れ様ッス!!」


客席からのオーダーの終了。それは、厨房に渦巻いていた熱気がようやく溶けた瞬間でもある。


けれど、まだ闘いが終わった訳ではない。ラストオーダーが終わっただけで、まだ作り終えていない、出せていない料理があるのだ。


雄叫びをあげた谷原は、身の周りの整理を始めた花形達の横を抜ける。まな板を洗い始めた板達の肩を叩きながら進み、つかつかとその場所に足を向ける。


すでに片付けを始めていた前菜に、壁を挟んで存在する点心部隊の拠点。そこでは、未だ蒸篭が湯気を立てているし、フライヤーの中には5人前はあるゴマ団子が上げられているところである。


そこには、たった一人だけで残された見習いが不安そうな顔で注文伝票と、送るべき料理を確認していた。


「木村」


「は、はい!!」


唐突にボスに声をかけられた木村は、軽く青ざめている顔で必死そうな返事をする。


「お前よォ、長谷部いないからってびくついてんじゃねえよ。今日一日で大分慣れたろうが」


「はい、でも、まだ…、自信が」


長谷部は今、1階のパントリーでデザートの類の在庫確認をしに行っている。デザート類の管理。それも点心部隊の大切な仕事の一つだ。


一緒に仕事をしていた先輩に一人にされ、怖いボスに声をかけられ、木村はしどろもどろになる。


「よし、お前に一つ良い事を教えてやろう」


ポン。谷原はまだまだ成長途中の木村の両肩に手を置いた。


がしっと掴まれた衝撃に肩を振るわせながら、木村はボスを見上げる。


「ゴールデンウィークはな、まだ5日はある」


重たい言葉の一撃に、さっと木村の顔が白くなった。


今日一日の疲れは、彼にとってここに入社してからの数カ月全部を足しても足りないくらいだ。


それだというのに、こんな日があと5日は続くのだと言われて、ショックを受けない訳がない。


「だから安心しろ。ゴールデンウィークが終わる頃には、自信がついてるもんだ!」


言葉の出ない木村に、どこから出ているのやら大きな声で谷原は畳みかける。


「判ったか、木村ァ!ゴールデンウィークと書いて稼ぎ時と読めェ!」


「はい!!」


涙で目を潤ませながら、木村は絶叫する。いっそ、それは泣き声に近い。


「稼ぎ時と書いて、修羅場と心得ろォ!!」


「オオォ!!」


木村と谷原のやりとりを聞いていたらしい、壁向うの前菜部隊、通路を挟んで掃除に入っていた板の二人組が、木村に聞かせるように吼えた。


木村の目から、滝が流れた。


疲れ切った頭で、木村はただただ、絶望を想う。そんな木村の心情を判っていないはずのない谷原は、うんうんと何度も頷いてから。


「そんなに忙しいのが嬉しいか、木村ァア!」


木村の細い方をバンバンと叩いた。


谷原に言われ、叩かれ、けれど木村にはオォともなんともつかない、小さな呻き声を上げるしかない。溢れ出る嗚咽が可哀想な木村の喉を塞いでいるのだ。


焼売が蒸しあがった事を教えるタイマーが、木村の代わりとばかりに、大きな声を上げた。


戦士たちの戦いが終わるまで、あともう少しだ。


****


その日、姿を見せなかった見習いの一人は、ゴールデンウィークを過ぎても姿を現すことは無かったという。


戦場を切り抜けた3人の新しい戦士は、その最終日にビールの祝杯を頭から浴びる事になるのだが、それはまた別の話である。



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ゴールデンウィークと書いて稼ぎと読め~黄龍飯店奮戦記~ 結佳 @yuka0515

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