第3話・皆でご飯

今日はゴールデンウィークの一日目。


大好きなおばあちゃんに会いに、ヒデ君は住んでいる町から飛行機でついさっき、この街に遊びに来たのでした。


ここには、ヒデ君の住んでいる所には無いようなものがたくさんあります。赤と黄色がふんだんに使われた、外国のきれいな織物。


並び立つお店の看板には、ひらがなでもアルファベットでもない文字が書かれています。店頭に並べられている、可愛らしいぬいぐるみや、見慣れない不思議な服。


そうして、たくさんのご飯屋さん。それは主に中華料理が多いのですが、まだ小さなヒデ君には、ご飯屋さんがいっぱいある、としか判りません。


この街は、ご飯屋さんのたくさん集まっている街なんだよ。いつだったか、おばあちゃんはヒデ君にそう教えてくれました。


いつもおばあちゃんにこうして会いに来られるのは、お父さんの仕事も休みになるゴールデンウィークです。


ヒデ君の覚えているいつのゴールデンウィークも、この街には人がたくさんいます。お店の中はもちろん、街の通りにも、です。


あんまりぎゅうぎゅうにいるので、お父さんとお母さんと手をつないでいないと、人の波にさらわれてしまいそうなくらいなのです。


一生懸命歩きながら、ヒデ君は隣を歩くおばあちゃんを見上げました。


「今日も黄龍飯店に行くの?」


ヒデ君に聞かれたおばあちゃんは、にんまりと笑います。


「そうだよぉ。ヒデ君の大好きな炒飯、たくさん食べようね」


「うん!あとね、ボク、ハルマキと、チャーシューと、ラーメンが食べたいんだ!」


「そっかそっか。あとちょっとで着くから、頑張って歩こうか」


おばあちゃんに言われて、本当はへとへとだったヒデ君でしたが、元気を出して、歩くのでした。




ようやく見覚えのある建物に着いた時、ヒデ君はびっくりしてしまいました。何故なら、お店の前には人がたくさん並んでいたからです。


それも、お店のドアをはみ出して、隣の空き地の前も通り過ぎてそのまた隣のお店にも届きそうなくらいなのです。ヒデ君はおばあちゃんに言いました。


「すごく人がいるよ、待ってなくちゃだめなの?」


不安そうなヒデ君に、おばあちゃんは笑ってその頭を撫でました。そうして首を横に振ってお店のドアへヒデ君の背中を優しく押します。


「おばあちゃんがちゃんと予約しておいたから、大丈夫」


「本当!わあ、良かったぁ」


安心したら、お腹がぐうぐうと鳴ってしまいました。照れた顔で笑うヒデ君に、おばあちゃんも笑います。


お店の中に入ると、右にはお土産の肉まんなどが売られている場所がありました。入口からまっすぐの所には、ご飯を食べている人がたくさんいる、ヒデ君も去年入った事のある部屋が、開け放たれたガラス戸の先に見えます。


お会計をする場所はお土産を売っている所と、その部屋の真ん中にあるような所で、4人位のお姉さん達が忙しそうにお客さんの相手をしています。


そうして、左の方、入口のドアの近くではおそらく順番を待つたくさんの人達が椅子に座ったりして並んでいます。その人たちは、自分達の目の前にある二つのエレベーターが動くのを見てはまだかまだか、と思っているようにヒデ君には見えました。


おばあちゃんはヒデ君とお父さんお母さんを連れて、そのエレベーターの近くにいた男の人の所に行きました。


黒いスーツを着た、おじいちゃんよりは若そうなその男の人は、おばあちゃんの顔を見るとにっこり笑いました。


「おまちしておりました、高山田様。いつもありがとうございます」


「今日もお世話になります。…いつも忙しい時期に、申し訳ないねえ」


「お安いご用です。先代の女ボス…いえ、元ホール長ご一家のご会食ですから」


「言うようになったじゃないの、高崎クン」


おばあちゃんはこの男の人と知り合いのようですが、ヒデ君には何を言っているのか、よく判りません。お母さんは、にこにこしているので、話している内容が判っているようです。


「本日のお席ですが、大変申し訳御座いません。ご用意できたお席が、回るテーブルではなくなってしまったのですが…宜しいですか?秀貴さま」


真ん中のテーブルをくるくる回せる、回るテーブルがヒデ君は好きでした。


けれども、男の人の眉毛がしょんぼりしていたので、かわいそうに思ったヒデ君は我慢することにしました。


「うん、ボク、大丈夫だよ!」


ヒデ君に言われて、男の人は安心したような笑顔になります。


「ありがとうございます。それでは、3階のお席へご案内させて頂きますね」


男の人は胸元についている黒いボタンのようなものを押すと、何か小声でそれに囁きました。そうして教卓から出てくると、片方のエレベーターのボタンを押します。


チン、という音と共にドアが開きました。


「どうぞお入りください」


穏やかな声に言われて、ヒデ君はエレベーターに乗りました。お父さんお母さん、おばあちゃんも続きます。


「それでは、3階にてスタッフの者がご案内致しますので。いってらっしゃいませ」


ぺこり、と男の人が頭を下げるのと同じに、エレベーターのドアが閉まりました。動きだしたエレベーターの中で、ヒデ君は大好きな炒飯の味を思い出して、とてもワクワクしました。


今日は炒飯以外にもたくさん食べるんだ。去年より色々な物が食べられるようになったヒデ君は、今日をとっても楽しみにしていたのです。




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