Episode 11-16 相談

「さて、君が内密に相談したいことっていうのは、一体どんな話なのかな?」


 衛士詰所内のとある一室で、ミネルバが興味深そうに笑いながら言った。


 マイヤーの了承を受けて又三郎が衛士詰所へと足を運んだところ、たまたま運良くミネルバは詰所内にいた。


 受付の事務員に声を掛け、ミネルバを呼び出してもらったところ、彼女はすぐに応対してくれた。そして、少し込み入った相談があると言ったところ、ミネルバは又三郎をこの部屋へと通してくれた。


 非常に簡素な造りの部屋である。木製の簡素なテーブルに椅子が二つ、部屋の隅にも机と椅子が一組置かれている。テーブルと机にそれぞれ燭台が置かれているぐらいで、他にこれといった調度品の類は見当たらない。部屋の窓の外には、太い鉄の格子が嵌められていて、部屋の出入り口の扉は分厚い木製のものだった。


 腰に差した大小の刀は、部屋へ通される前に預けるよう言われていた。又三郎はそのことに何となく抵抗感を感じていたが、頼み事をするために訪れた身としては、言われたことには従わざるを得ない。


 又三郎は勧められるままに、扉側の椅子に座った。ミネルバがその正面、窓側の椅子に腰かけると、又三郎は口を開いた。


「ミネルバ殿も大変お忙しい中、お時間をいただき痛み入る。実はそれがしの依頼主のことについて、一つご相談があり申す」


「それはひょっとして、ジャニス・コールの身辺警護についてのことかい?」


 又三郎が意外そうな顔をしたのを見て、ミネルバはテーブルに肘をついて両手の指を組み、微笑した。


「昨日、君達二人が不審者に襲われたという話は、私も聞いているよ。それに、君はここ最近、毎朝ジャニスと街を歩いているそうじゃないか」


「……良くご存じだな」


「我々の仲間内では、街では見かけたことがないどこぞの貴婦人が、毎朝猛犬を連れて街を散歩しているって、もっぱらの評判だったんだよ……まあ私の見立てでは、君は到底『猛犬』程度で収まる器じゃ無いと思っていたが」


 さも可笑しそうに笑ったミネルバの言葉に、又三郎は思わず肩をすくめた。自分とジェニスの組み合わせは、どうやら自分達が思っていた以上に街中で目立っていたらしい。


「まあ、冗談はこれぐらいにしておいて、早速本題を聞かせてもらおうかな」


「それでは、単刀直入に申し上げる。現在ジャニス殿が滞在している宿と演劇場の周辺について、衛士の巡回をそれとなく増やしてもらうことは出来るだろうか?」


 又三郎がそう言うと、ミネルバは薄い笑みを浮かべてみせた。


「私の一存だけでは、何ともしがたいことだが……ひょっとして誘拐未遂の他にも、何かあったのかい?」


「実は先刻、宿に脅迫状が届いた。三日後に指定した場所へ金貨二千枚を持ってこなければ、ジャニス殿に危害を加えるとのことだった」


「……へえ、それはまた何とも」


 ミネルバの左目が、すっと細くなった。小さく両手を広げて、彼女は言葉を続けた。


「まあ、ここまでの話を聞いた限り、我々が君の相談に乗るだけの理由は十分にあるだろう。それなのに、わざわざ内密での相談を、というのは?」


 ミネルバの問いに、又三郎はやや言いにくそうに答えた。


「今回の公演座長殿が、出来るだけ事を表沙汰にしたくないと申されている。客への影響が大きくなるし、ジャニス殿や他の仲間達にも心配はかけたくない、と……それで、内密に相談が可能な信用できる相手はおらぬかと、座長殿はそれがしに尋ねられた」


「それで私のところに来てくれた、と……まあ、君がそう言ってくれるのは、悪い気はしないけれどもね」


 一つ小さく息を吐いてから、ミネルバが言った。


「ジャニスの滞在先と演劇場周辺の巡回を増やすことについては、別にそう難しいことではないよ。誘拐未遂に続いての脅迫、我々が動くための理由は十分じゅうぶんにあるからね」


「それは有難い」


「ただ、あくまでも内密に、というのは無理だな。私の独断だけでは対応不可能な案件だ。少なくともこの詰所の中だけででも、互いの情報共有が必要になる。まずは所長に報告の上、それなりの体制を整えた上で事に当たらせてもらわないと」


「その点については、座長殿も了承してくれるだろう。何卒よろしくお頼み申す」


 そう言って頭を下げた又三郎に、ミネルバは軽く手を振って笑った。


「そんなにかしこまってもらわなくてもいいよ、これも我々の仕事のうちだ。それにうちの連中も、ひょっとしたらジャニスに会えるかもって張り切ることだろう……ただ、ジャニス本人の身を守るのは、あくまでも君の仕事だ。大変だろうとは思うが、せいぜい気を付けたまえ」

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