Episode 10-8 街の衛士

 翌日の早朝、街の衛士達が屋敷を訪れて、事件現場の検分を行っていた。


 斬り殺した賊の死体は、まとめて庭に並べて布を被せられていた。布のところどころに、赤黒いまだら模様が浮き上がっている。又三郎に両腕を斬り落とされた男だけが命を取り止め、これから衛士詰所へ連行されようとしていた。


 又三郎とカリムはそれぞれ衛士からの事情聴取を受けたが、壊された屋敷の状況や家主であるイレーヌの証言、そして又三郎達が所持していた冒険者ギルドが発行した紹介状などのおかげで、又三郎達の正当防衛はすぐに認められた。


「やれやれ、また君の仕業か」


 ひとしきり事情聴取が終わった後、衛士達のうちの一人が又三郎に声を掛けた。


 その衛士は、若い女だった。年の頃は二十代半ばぐらいだろうか。女性にしてはやや背が高く、短く切りそろえられた栗色の髪に、やや赤みがかった淡褐色の瞳。目鼻立ちも整っていたが、何よりも印象的だったのは――彼女の右目の眼帯だった。


「はて、どこかでお会いしたことがあっただろうか」


 又三郎が首を傾げると、隻眼せきがんの衛士が苦笑した。


「君が教会で三人の暴漢達を斬り殺した時に、ね。あの時の検分に、私もいたのだが……覚えていないかな?」


 又三郎は記憶を辿ってみたが、どうにも覚えが無かった。


「衛士第十八番隊隊長、ミネルバだ。よろしく」


 ミネルバが右手を差し出した。又三郎はその手を握ったが、ミネルバの細いてのひらは思っていたよりも力強かった。


「それにしてもマタサブロウ、君の遣う剣は相変わらず凄まじい切れ味だな。胴体を斬られた男なんか、ほとんど両断されかかっている」


「はあ」


「剣の腕前もさることながら、いつぞや君が街中で見せたという捕縛術も、なかなか大したものだったそうじゃないか。君、いっそ冒険者なんか辞めて、衛士になるつもりはないか?」


 屈託のないミネルバの笑顔に、又三郎は曖昧な笑みを浮かべてその場を誤魔化した。どこまで本気なのかは定かではないが、まさかここにきて衛士への勧誘を受けるなどとは思ってもいなかった。


「定職に就くというのも、存外悪くないと思うぞ」


 二人のやり取りに気付いたカリムが、やや間延びした声で言った。ミネルバが再び笑った。


「カリムさん、お久しぶりです。そしてお疲れ様でした」


「ああ。今回の賊には少々肝が冷えた、相棒がマタサブロウで良かったわ」


 そう言うとカリムは、自分の肩をとんとんと拳で叩いて破顔した。


「お二人は、互いに面識がおありなのか」


 又三郎の問いに、カリムがニヤリと笑った。


「長らく冒険者稼業などをやっているとな、街の衛士とも顔なじみになってくることがある。ミネルバとは、もうそろそろ三年越しぐらいの付き合いになるかの」


 一方のミネルバは、小さく肩をすくめてみせた。


「ところでミネルバ、一つお主に頼みたいことがあるのだが」


「その内容を聞いてみないことには、お答え致しかねますが……何ですか?」


「さっきお主らが引っ立てていった男の取り調べ結果を、儂らにも教えて欲しい」


 カリムの言葉に、ミネルバは形の良い顎を右手で触れて、じっと考え込んだ。カリムが続けた。


「あの男達が誰かの差し金で動いていたのかどうか、それを知りたい。それを知らないことには、我々の雇い主も枕を高くして眠れんのだ」


 その点については、又三郎も気がかりだったため、衛士達のうちの誰かを捕まえて頼んでみようと思っていたところだった。カリムがミネルバと顔見知りだったことは、なかなかに運が良かった。


 しばらくの後、ミネルバが小さくため息をついた。


「冒険者ギルドが発行した紹介状でも、カリムさん達がこのお屋敷の護衛をなされていることは分かりますし……致し方ありませんね」


「ありがたい、恩に着るぞ」


 大げさに頭を下げて見せたカリムに、ミネルバが声を潜めて言った。


「ただし、我々も職務上、捜査の内容を大っぴらにお教えすることは出来ません。後でこっそり詰所まで、私宛てに尋ねに来てください」

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