Episode 10-3 奇妙な屋敷

 事前にイザベラから聞いた話では、今回の依頼主はイレーヌという名の老婆で、とある商家の隠居であるとのことだった。


 イレーヌの第一印象は、老婆にしてはやや背が高くて背筋がしゃんとしており、白髪で目つきが鋭い人物だった。そのイレーヌが、冒険者ギルドの紹介状を持って屋敷を訪ねた又三郎達を、値踏みをするようにじろじろと見ている。


 そして、今回又三郎が依頼の遂行を共にするのは、カリムという名の初老の剣士だった。肌の色は黒く、額や頬には幾重にも深い皺が刻まれている。縮れた短髪は銀灰色で、又三郎と同じく防具の類は身に着けておらず、左の腰に長剣を一本下げているのみである。


 又三郎とカリムがそれぞれ名乗ると、イレーヌはにこりともせずに言った。


「今日から貴方達二人には、当分の間この屋敷に泊まり込んで用心棒を務めてもらいます。報酬は一日銅貨五枚、食事は一日三回。いいですね」


 イレーヌの言葉に曖昧な返事をしながら、又三郎が尋ねた。


「相分かり申した。ところで、我々の仕事の内容はどのようなものだろうか」


 又三郎の言葉に、イレーヌの目の色が若干変わった。


「それは、冒険者ギルドで聞いているはずでしょうに」


 つっけんどんに言うイレーヌに、横からカリムが口を挟んだ。


「いや、儂らはこの屋敷で用心棒をするということしか聞かされておらぬ。何かこう、もっと詳しい話を聞かせてもらえないものだろうか」


 するとイレーヌは、突然乱暴な口調で吐き捨てた。


「全く、ギルドの受付の娘は一体何を聞いていたのやら。ちょっと見栄えがするっていうだけで、要領が悪いったらありゃしない」


 又三郎はカリムと顔を見合わせたが、どうやらイレーヌがこき下ろしている相手はイザベラのことらしい。


 イレーヌは、あれだけ事細かく話をしたっていうのに、と小さく舌打ちしてから、やがて澄ました顔で言葉を続けた。


「貴方達二人に頼みたいことは、見張りです」


「見張り、でござるか」


 再び又三郎が尋ねた。


「それは、何の見張りでござろうか」


「何って、この屋敷の見張りに決まっているでしょう。この屋敷が狙われているのですよ」


 やや苛立った表情のイレーヌに、又三郎とカリムは再び顔を見合わせた。


「それは、一体誰に?」


「それが分かれば、私だって苦労はしませんよ」


 尋ねたカリムに、イレーヌがぴしゃりと言った。そしてしばらくして、細面の顔に奇妙な笑みを浮かべて続けた。


「まあ、全く心当たりが無いという訳ではありませんが、それを貴方達に言ったところで、別段何の役にも立たないことでしょう」


 そこでイレーヌは、じろりと二人をねめつけた。


「ともかく、お二人には怪しい者が屋敷に入ってこないよう、しっかりと見張りをしてもらいます。それに、大の男二人が見張り以外はただ寝て食べてということでは、こちらとしても給金の払いがいがありません。たまには買い出しなど、屋敷の仕事もしてもらいます。それに、自分達が寝起きする部屋の掃除や洗濯などは、全部自分でしてもらいますからね」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 イレーヌの屋敷は、一見したところどこにでもあるような造りで、庭もそれほど広くなかったが、部屋の間数は比較的多かった。ただし、玄関先から応接室までの風景を見た限り、元商家の隠居の屋敷という割には家具や調度品の類が少ない。


 二人が寝起きするためのものとして案内された部屋も、二つのベッドの他にはちょっとしたクローゼットやテーブルがあるのみで、どうにも殺風景なものだった。良く見ると、床や調度品にはうっすらと埃が積もっている。おそらくは、日頃は使われていない部屋なのだろう。


 イレーヌが部屋を出て行った後、カリムが又三郎に言った。


「お互いにまた何とも、良く分からん仕事を引き受けてしまったものだな。まあ、よろしく頼む」


 カリムとは、この屋敷に来る直前に冒険者ギルドでイザベラから紹介されたきりだったので、又三郎は姿勢を正して会釈を返した。イザベラから聞いた限りでは、カリムの冒険者としての星の数は三つとのことだった。


「ああ、そんなにかしこまられると、こちらも窮屈だ。儂の方が少々歳を喰ってはいるが、そう気を使ってもらわなくても良い」


 部屋の中の埃の酷さにやや顔をしかめながらも、カリムが快活に笑った。


「それでは、お言葉に甘えて……それにしてもカリム殿、此度こたびの依頼の内容、どうにも不可解なことが多くなかろうか」


 又三郎の問いに、カリムはまばらに生えた髪と同じ色の顎鬚を撫でながら、軽く眉をしかめた。


「そうだのう……儂もイザベラからは、お主と組んでこの屋敷の用心棒をするように、としか聞かされておらなんだからな。もっとも、この屋敷の中を見る限り、物取りが盗んでいくようなものは無いように思うのだが」


「イザベラ殿からは、イレーヌ殿はとある商家のご隠居であると聞いていた。何もない屋敷のように見えて、実はどこかに大金でも隠されているのだろうか」


 そう言った又三郎に、カリムは部屋の窓を開けながら苦笑した。窓から部屋の中に風が入ったことで、辺りの埃が部屋の中に舞った。


「さあて、なあ。さっきのあの婆さんの口ぶりからすると、怪しい者に狙われているというのが、怨恨にまつわるものという線も考えられなくはない」


「これは一度暇を見つけて、イザベラ殿にもう一度詳細を聞いた方が良いのかも知れませんな」


 目の前に舞う埃を手で払う又三郎に、カリムが微かな咳をしながら言った。


「それはそうだが、ひとまずはこの部屋の掃除をしよう。こうも埃っぽくては、鼻と喉がむずむずして目もかゆい。このままでは寝起きすることなど、到底ままならんわ」

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