Episode 10-2 受付嬢の悩み

 ウェンリィの墓参りの後、又三郎は冒険者ギルドのホールを訪れていた。目的はもちろん、当面の糊口をしのぐための仕事探しである。


 冬の時期は、教会も信徒もそれまでに蓄えた財や食料でつつましく生活し、春の訪れを待つものであるらしい。そもそも教会の主な収入源は、信徒達から寄せられる謝儀と、街にある神殿から給付される補助の二つで成り立っている。


 だが、教会の信徒達のうち、高齢者の割合が少なくないため、冬の時期になるとそもそも教会へ足を運ぶ者の数が減るということだった。その他、特に農業を営む信徒達は冬の時期になると収入が少なくなるため、冬の時期における謝儀による教会の収益は、他の時期に比べて激減する。


 一方、街の神殿から給付される補助というのも、その額はたかだか知れていた。豊穣の女神エスターシャの教えを広めるための教会の存続はもちろん大事だが、教会にとっては本山とも言える街の神殿とて、決して潤沢な資金を持ち合わせている訳ではない。とはいえ、ナタリーの教会は孤児院も兼ねているため、神殿からの補助も多少は手厚いものになっていると聞いた。


 そのような状況の中でもこれまで何とかやってこれたのは、ナタリー達が日々の生活をつつましく暮らしていたことと、時々帰ってくるティナからの献金の賜物と言えた。それらがなければ、ナタリー一人だけであればともかく、身寄りのない孤児達六人と共に暮らしていくことは、なかなかに困難だった。


 教会にとって昨年までの状況とは異なる点と言えば、ナタリーの父ジェフが非業の死を遂げた一方で、又三郎が教会の居候として寝食を共にしていることだった。食べる口の数は変わらない中で、少しでも収入はあった方が良い。ナタリーや子供達のため、また己のため、依頼書が貼りだされている掲示板を見る又三郎の目も、自然と厳しいものになる。


 だが、掲示板に貼り出されている依頼書の内容は、いつもと変わらぬ人足仕事や普請仕事ばかりだった。この手の仕事は、冬の寒さが厳しい時期には随分と身に堪えた。その割には、報酬の額は年中変わらない。同じ人足仕事をするのであれば、又三郎が以前自分で見つけてきた隊商キャラバンの積み荷を扱う荷場での仕事の方が、冒険者ギルドが差し引く手数料の分だけ、まだ割が良かった。


 もちろん、掲示板に貼り出される依頼書のうち、数は少ないながらも報酬の額が良い依頼というものも、あるにはあった。だが、それらは全て、仲間がいる冒険者パーティー向けのものばかりだった。


「こんにちは、マタサブロウさん。今日はまた一段と冷えますね」


 不意に背後から声を掛けられ、又三郎が振り返ると、そこには受付嬢のイザベラの姿があった。


「今日もお仕事探しですか」


「うむ。冬のこの時期になると、教会の方でも収入のあてがままならなくてな」


 ふと見ると、イザベラは掲示板に貼り出すための依頼書を一枚手にしていた。当然、又三郎は興味を持った。


「その手に持たれている依頼書の内容は、それがしの希望に沿うものだろうか」


 又三郎が尋ねると、イザベラはややばつが悪そうに笑った。


「いえ、それが……お仕事の内容はマタサブロウさん向けかも知れませんが、なにぶんお支払い出来る報酬の額が」


「まあ、そうは言っても内容を見てみないことにはな。拝見してもよろしいか」


 イザベラは少しためらいがちに、又三郎に依頼書を手渡した。


「ふむ……用心棒の仕事自体は悪くないが、報酬が一日で銅貨五枚というのは、ちと安すぎるな」


 事の詳細は依頼主に聞いてみないと分からないが、用心棒として命を張るための値段としては、どうにも割に合わない。だが、報酬の部分でまだ救いがあったのは、依頼主の家に泊まり込むことで、一日三食の賄いは出るという点だった。


「はい。実のところ、我々としてもこの金額で冒険者の皆さんに依頼をお願いするのは、少々気が引けるのです。そもそも、引き受けて下さる方がおられるかどうかすら怪しいところなのですが」


 困った表情を浮かべたイザベラの言葉に、又三郎は腕組みして唸った。


「とはいえ、ギルドとしては依頼があった以上、口入れをしない訳にもいかぬ、と?」


「そうですね。余りにも酷い条件であれば、我々も最初から依頼の斡旋をお引き受けしないのですが、今回の依頼はまた何とも微妙な条件なのです」


 イザベラが、形の良い眉をひそめて苦笑した。


「それに、条件には用心棒を二人雇いたいと書かれていたが?」


 又三郎の問いに、イザベラはため息をつきながら頷いた。


「はい、その点もまた我々として、微妙に悩ましいところでして……パーティーを組まれた冒険者の皆様にお願いするという訳にもいかず、かと言ってマタサブロウさんのように単独ソロで仕事を引き受けて下さる方というのは、実は結構限られているのです」


 そう言いながらイザベラは、心なしかすがるような目で又三郎を見つめた。


 イザベラのような美女にじっと見つめられるというのは、男としてそれほど悪い気がしないが、それも時と場合による。


 又三郎は思わずそっぽを向いて口をへの字に結んだが、ややあって諦めたように大きく息を吐いた。


「イザベラ殿、分かったからそのような目でこちらを見るな……寒空の下で人足仕事をしているよりは、報酬が安くても屋根の下で三食喰わせてもらえるだけ、まだましというものだろう。一人分の枠はそれがしが承るから、残りのもう一人を探されるが良かろう」


「ありがとうございます。やはり我々にとって持つべきものは、腕が立って人柄の良いお方ですね」


 ぱっと愁眉を開いたイザベラが、満面の笑みで又三郎に微笑んで見せた。そのはるか向こうのカウンターでは、イザベラの同僚のケイトが愛嬌のある丸い顔で、にこにこと笑いながらこちらに手を振っている。


 おそらくは二人とも、最初からこの依頼を又三郎に引き受けさせようと考えていたのだろう。だとすれば、依頼書を持ってきた時からのイザベラの役者ぶりは、なかなか大したものだ。


 モーファの冒険者ギルドに籍を置いてから、イザベラからは何度か名指しでの依頼の話を受けていたが、そのいずれもが報酬はそこそこ良いものの、癖のある仕事ばかりだった。


 今回の仕事も何やら一癖ありそうな雰囲気が漂っているが、冬の時期に教会の食べる口の数を一つ減らして、小銭とは言えど金が稼げるというのであれば、あまり文句も言えない。


 又三郎にはイザベラとケイトのことが、だんだんと体よく人をこき使う狐と狸に見えてきた。

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