Episode 9-8 生と死と

「とりあえず、これで今回の任務は完了ってところだな」


 ロルフが腰に手を当て、一つ大きな息を吐いて笑った。


 大型種ホブを屠った後、又三郎達は、まず息のあった女達を連れて一旦クエバ村へと戻った。事前に村長から聞いていた、冒険者達の人数と行方不明になっていた村の娘達の人数から、他に小鬼ゴブリン達に捕らわれている生存者はいないと判断したからだ。


 不幸中の幸いは、行方不明となっていた村の娘二人を、何とか生きたまま連れ帰ることが出来たことだった。村に戻ったのは随分と夜も更けた頃だったが、出迎えた村長や娘達の家族は、皆涙を流して喜んだ。


 先に依頼を受けた冒険者達の中で唯一の生き残りだった女の手当てを村長に頼むと、又三郎達は陽が昇るまでの間、短い休息を取った。その後で再び洞窟の中をくまなく調査し、命を落とした冒険者三人の遺体を回収して荷馬車に乗せたのが、つい先程のことだ。


「マタサブロウも、初めての共同任務パーティークエストにしては十分すぎるぐらいに良くやってくれたわね。お疲れさま」


 シャーリィのねぎらいの言葉を受けながらも、又三郎は荷馬車に乗せられた三人の亡骸をじっと見ていた。ロルフの言葉によれば、今回のように遺体の回収が出来たのは、まだ運が良かった方だったらしい。


 今回命を落とした若い冒険者達は、その将来に何を夢見ていたのだろうか――マタサブロウはふと、そんなことを思った。そして、彼らが生きていれば成し遂げたかも知れない「何か」とは、一体どのようなものだったのか。


 一攫千金を夢見たのか。それともロルフ達のような、高名な冒険者としての名声を夢見たのか。あるいはティナや自分のように、自分や誰かのために冒険者としての一歩を踏み出したのか。今となっては、それはもう知るよしも無い。


 こうして現実を目の当たりにすると、ナタリーがティナに対して常日頃からあれこれと言う気持ちが、少し分かったような気がした。又三郎の脳裏には、ロルフによる安楽死を受けた娘の死に様が、まだはっきりと残っている――もしもティナがあのような死に方をしたならば、ナタリーはきっと悲嘆に暮れるに違いない。


 又三郎の心情を察したのか、シャーリィの長い耳が少し下がった。


「酷な言い方になるかも知れないけれど、いちいち気にしていたら身が持たないわよ」


「ああ、そうだな」


「ギルドで聞いた話だと、彼らはまだ冒険者としての経験も浅かったみたいね……本来であれば、小鬼退治はそれほど難しい依頼ではないのだけれども、一瞬の気のゆるみや何かの手違いで、あっさりと命を落とすことだってあるわ」


 ややばつが悪そうに笑ったシャーリィの言葉に、ロルフが続けた。


「アイツらにとっての一番の手違いは、小鬼達の群れの中に大型種が混じっていたことなんだろうがなぁ……経験の浅い連中が相手をするにゃ、ちょっとばかり荷が重かったってことだな」


 そこでロルフは一旦言葉を区切り、肩をすくめてみせた。


「で、大型種の野郎にとっての一番の手違いは、マタサブロウの腕前だったってことなんだろうが……あんな芸当、星二つの冒険者がそうそう出来る真似じゃないぜ?」


 詮索するようなロルフの眼差しに、又三郎はやや気まずそうに答えた。


「実のところを言うと、あの時のことはあまり良く覚えていない。ほとんど身体が勝手に動いていたようなものだ」


 大型種の胴体を両断した技は、又三郎が修めた無双一刀流の奥義の一つである「鬼首落おにくびおとし」に、新選組の撃剣師範だった沖田総司の教えであった「剣で斬らず、身体で斬る」と、無貌が修復した刀の異様なまでの切れ味の鋭さを合わせた結果だった。


 「鬼首落」は、刀で突いて押し切る動作と、それに続く横薙ぎで引き切る動作を組み合わせた技で、最初の突きを繰り出す際の度胸と思い切りの良さ、そして続く横薙ぎの動きにおける身体の軸の強さが求められる。本来は甲冑を着込んだ武者の首を落とすための技だったが、まさか本当に鬼を相手に使用することになるとは、又三郎も思ってもいなかった。


「それに」


「それに、何だ?」


 いぶかしげな顔をしたロルフに、又三郎は己の頬を掻いて続けた。


「あの時は、助けを求める声が聞こえた。相手が何者であれ、あの場を引くことは出来なかった」


 士道ニ背キじき事――又三郎の脳裏にふと、新選組時代の禁令がよぎる。


 相手に敵わないから逃げるなどという選択肢は、新選組隊士には許されていない。それは怯懦きょうだであり、士道不覚悟として切腹を申しつけられても一切文句は言えない。


 その言葉を聞いたロルフが、一瞬呆気にとられ、やがてくくっと喉を鳴らした。


「まあ、そりゃそうだよなぁ。それが男ってもんだよな」


「そんなにおかしなことだろうか」


 いささか気分を害したような顔をした又三郎に、ロルフは又三郎の肩を軽く叩いて被りを振った。


「いやいや、別におかしくはないさ。大したもんだよ……ただまあ、おかしなことがあるとすれば、俺と手合わせをした時とは、余りにもお前の雰囲気が違い過ぎていたってところぐらいかね」


 ロルフにしてみれば、自分と手合わせをした時の又三郎からは、鬼気迫る威圧感のようなものは全く感じられなかった。あの時はまるで肩透かしを喰らったかのような複雑な気分だったが、真剣を手にして大型種と対峙していた時の又三郎には、不本意ながら気圧されたことを認めざるを得なかった。


「実は私も、マタサブロウがロルフと手合わせをしていた時には、ちょっとした疑問があったのだけれど」


 二人のやり取りを側で聞いていたシャーリィが、得心した面持ちで笑った。


「さっきのマタサブロウの言葉を聞いて、ようやく理解したわ……きっとマタサブロウは、自分の身を守る時か、誰かのために剣を振るう時に本領を発揮するタイプなのね」


 シャーリィのその言葉を聞くまで、又三郎は己の剣の性質について考えたことなどはなかった。剣術の師からは、窮地に立たされてからの剣の粘り強さについて褒められたことはあったが、その窮地の中には、己以外の存在も含まれていたのかも知れない。


「でもね、マタサブロウ」


 シャーリィが、何とも複雑そうな苦笑いを浮かべた。


「帰りの馬車の中では、お願いだからちょっと離れていてもらえるかしら……貴方のその恰好、相当酷いわよ」


 又三郎の服には大型種の返り血が、まだら模様のように付着していた。村に戻ってきてから、湯を貰って髪や身体に付着した返り血は洗い流したが、服に付着した血痕まではなかなか落とすことが出来ず、黒い服だったため見た目にはあまり目立たないものの、凄まじい異臭を放っていた。


 池田屋から戻ってきた時の新選組隊士達の姿ほどには酷くないはずだが、流石にこの恰好のまま教会に帰るという訳にはいかない。きっと子供達が目を見開いて驚き、ナタリーなどは卒倒することだろう。


 いつかのように、無貌が現れて全身を元通りにしてくれればなどとも思ったが、そのような気配は感じられなかった。あれほど毛嫌いしていた相手との再会を求めた己の現金さに、又三郎は思わず自嘲する。


 ふとロルフが懐に手を入れ、取り出した袋から金貨を一枚抜き取り、又三郎に手渡した。


 怪訝な顔をした又三郎に、ロルフがニヤリと笑った。


「今回はなかなか面白い芸当を見せてもらったからな、そのお代だよ。教会いえに帰る前に、街で何か服を見繕っていけ。残った分は、教会の姉ちゃんに渡しそびれていたほうきの弁償代だ」

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