Episode 7-2 誓いと願い
その日の晩、夕食の席ではナタリーの生誕を祝う明るい声が響いた。
子供達は自分達で書いた絵や簡単な工作など、思い思いのプレゼントをナタリーに渡していた。ナタリーはそれらを笑顔で受け取っていたが、その所作はややぎこちなく見えた。
又三郎はこの日、改めて誕生日という祝い事に同席したが、誰かが生まれた日を喜び祝うというのは、そこはかとなく胸の内が温まるものだと感じた。誰かの命を奪ったり、奪われた命を悼んだりすることが多かった身で、これまで誕生日の作法なども知らず、ただ様子を見守っていただけだったが、祝われる本人と、本人を取り囲む者達の笑顔は、又三郎にはとても貴重なものに見えた。
その後はいつもよりも少し豪華な夕食を皆で食べ、子供達がナタリーへの祝いの歌を歌った。ささやかな祝いの席が終わると、子供達はティナに連れられて部屋へと戻っていった。
去り際に、ティナは又三郎に向かって意味ありげな笑みを浮かべながら片目を
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
又三郎はいつものように、炊事場で食器を洗っていた。その隣ではナタリーが、ややうつむき加減で黙々と食器を拭き上げている。
しばらくの間、二人は無言で手を動かしていた。いつもであれば、他愛のない話をしながらの共同作業だったが、この日の空気は何とも居心地の悪いものだった。
先に口を開いたのは、又三郎だった。
「ナタリー殿……今朝はそなたを驚かせるような真似をして、相済まなかった」
又三郎の言葉を聞いても、ナタリーは無言のまま手を動かし続けていた。心なしか、耳元がやや赤いようにも見える。別段怒っているといった様子ではなかったが、依然として気まずい空気が流れていた。
何ともやりづらいものだな――又三郎は己の内にある
「ティナ殿から、こちらの世界の風習のことはだいたい教わった……その上で、あの贈り物についてはもうしばらくの間、ナタリー殿に預かっていてもらいたい」
「預かっていてもらいたい、って……それは一体、どういう意味ですか?」
ややあって怪訝な顔をしたナタリーに、又三郎は静かに言った。
「守るものを持つことは、剣を鈍らせることになる。俺は今までずっと、そう思っていた」
「それは」
「それが俺の在り方だった。俺は自分自身からは逃げられない」
ナタリーは小さく息を飲んだ後、じっと手元の食器を見つめていた。又三郎が続けた。
「初めてこの世界に飛ばされてきた時、俺に行くあては無かった。そんな俺を、ナタリー殿やジェフ殿が助けてくれた。この街を出ても何とかなるだろうと思ったものの、行くあてに迷っていた時には、ナタリー殿が俺をこの教会へと引き留めてくれた」
ナタリーは、手にしていた食器を棚に戻すと、真っすぐに又三郎を見た。深く澄んだ湖のような目が、彼女を見つめ返していた。
又三郎が、食器を洗う手を止めて小さく笑った。
「この教会は俺にとって、こちらの世界でただ一つの居場所なのだろうと思う。であれば、俺も己の在り方を変えていかなければならないのかも知れない」
他に行くあてがないからではなく、誰かに引き止められているからでもない。
ナタリーの表情が、ぱっと明るくなった。
「ええ、ええ。マタさんの居場所はここで、マタさんは変わることが出来る人ですよ」
「む、そうだろうか」
「そうですよ。いえむしろ、変わらなくてもいいぐらいです」
ナタリーが笑顔で小さく両手を打ったが、又三郎は首を傾げた。
「変わらなくてもよい、とはどういう意味だろうか?」
「だって……マタさんに必要なことは、変わることでは無くて、素直になることですから」
優しく笑ったナタリーの言葉が、不意に又三郎の胸を打った。思えば無貌も、似たようなことを言っていた。
同じような言葉でも、言われた相手によってこれほどまでに印象が違うものなのだろうか――又三郎は何とも意外な気がした。
「でも、マタさんの場合、いずれにしても時間がかかりそうですね」
そう言って苦笑したナタリーに、又三郎は頭を掻いて答えた。
「そうだな……たぶん、そうだと思う」
「だから、あのプレゼントはしばらくの間預かっておけ、と……男の人って、随分と身勝手なものですね」
ナタリーは急に神妙な面持ちになり、胸の前で小さく祈りの印を結んだ。
「汝、己の罪を認め、悔い改めなさい。さすればエスターシャ様も、きっと貴方をお許しになります」
「ナタリー殿……己の罪、とは一体どういうことだろうか?」
つい真顔でそう言った又三郎を見て、ナタリーは頬を赤く染めながら、拗ねるように口を尖らせてそっぽを向いた。
「マタさんったら、本当にひどい人……私にあんなに恥ずかしい思いをさせておいて、全く罪の意識が無いなんて」
思ってもいなかったナタリーの言葉に、又三郎は絶句した。
これは一本取られてしまったのだろうか――だが、不思議と不快な感じは無くて、むしろじんわりと胸の内が温かくなるような感覚を覚える。ちらりと横目でこちらを見たナタリーの目は、いつものように優しい光を
何ともくすぐったいような感覚に思わず苦笑しつつ、又三郎が言った。
「相分かった。
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