Act2 狼の在り方

プロローグ

Episode 8-1 追憶

 慶応四年一月五日。


 辺りには、血と硝煙の匂いが立ち込めていたような気がした。砲弾が着弾して舞い上がる土煙を、はっきりと見ることが出来た。


 二日前に鳥羽伏見で開戦した旧幕府軍と薩長連合軍との戦いは、旧幕府軍側の敗走続きによって、戦場を淀千両松へと移していた。


 新選組は土方副長の指揮のもと、薩長連合軍に対して何度も斬り込み攻撃を行っていたが、薩長の兵達は新型小銃を手に、こちらへ激しい銃砲撃を加えてくる。会津藩兵と共に刀槍をかざして突撃を繰り返していたが、こちらが間合いを詰めるまでにバタバタと倒れる者が続出していた。


 前方では土方が和泉守兼定いずみのかみかねさだを手に、何やら叫んでいる。生き残りの隊士の中からまだ戦える者を集め、最後の斬り込み攻撃の号令を掛けているようだ。自らが属する組の組長の姿は、見当たらない。


 刀を抜こうとしたが、先二日の戦いでの歪みがまだ残っていたのか、いつものようにすんなりとは鞘から抜けてくれなかった。刀身を見た。若干の歪みと共に、あちらこちらに刃こぼれが生じている。


 これではもう、あと何人も斬れそうにない。諦めて刀を鞘に戻し、辺りに倒れている味方の兵の手から、比較的ましな状態の刀を拝借した。


 土方が、振り上げた刀を前方へと向けた。仲間達が、敵軍に向かって走り出した。一緒になって走り出した自分も何かを叫んでいたようだが、自分の声が全く聞こえない。


 周囲に身を隠すものが無いため、敵の弾丸が当たらないことを祈りつつ走るしかなかった。刀槍の間合いにさえ入れば、こちらのものだ。随分と遠くに、小銃を構える敵兵の列が見えた。


 走っている途中、前方で銃口の列が光った。無音の世界の中で、身体が後ろへと仰け反った。ふと自分の胸元を見ると、赤黒い染みが二つ、じわじわと広がっていた。少しでも身を軽くするため、防具の類は身に着けていなかった。


 二、三歩前に進み出て、視界がぐらりと揺れた。感覚は無かったが、ひざが崩れ落ち、そのまま地面が眼前に見えた。


 周りの様子が、ゆっくりと流れるように見えた。周りにいた仲間達のうちの何人かが、同じように地面に倒れていく。目の前が徐々に暗くなっていき、そのまま何も見えなくなった。

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