Episode 6-15 日常へ

「あっ! マタさん、おかえりー!」


 そろそろ西日が傾きかけた頃、ようやく教会にたどり着いた又三郎を、子供達と一緒に表で遊んでいたティナが手を振って出迎えた。


 おそらくは子供達の面倒を見ながら、その一方で夕食の準備の手伝いをしていたのだろう。ティナは洗いざらしたエプロンを身に着けていた。その姿が、又三郎にはやけに新鮮に見えた。


 教会に戻ってくるまでの間、又三郎の足取りは沈鬱なものだった。色々と考えさせられることが多かった中、未だはっきりとした明確な答えを見いだせずにいたというのが、正直なところだっただろうか。それが故に、あちらこちら必要のない寄り道などをしてしまい、教会に戻るのが今になってしまった。


「長らく留守にして済まなかった。皆、変わりはなかったか?」


 子供達の歓声に囲まれる又三郎からの問いに、ティナが少し戸惑った顔をしながら答えた。


「うん、まあ、特にこれといって変わったことはなかったけれど……どうしたの、マタさん? 少しやつれた?」


 又三郎が、力なく笑った。


「なに、ここしばらく夜の仕事が続いていたからな」


 少しの間、ティナはいぶかしむように又三郎を見ていたが、やがていつもの明るい笑みを浮かべて言った。


「ナタリー姉なら炊事場にいるよ、早く顔を見せにいってあげてよ」


「……ああ、そうだな」


 ティナにうながされ、又三郎はゆっくりと頷いた。


 三週間ぶりに戻ってきた教会の風景の何もかもが、又三郎にはとても懐かしいものに見えた。勝手口から中に入って、そのまま炊事場へと足を運んだ。


 炊事場からは、食欲をそそる良い匂いが漂っていた。コトコトと何かを煮ている微かな音と、ナタリーが機嫌のよい時に歌う鼻歌が聞こえてくる。今までは深く考えたこともなかった、ありふれた日常の光景。


 扉を開けて、中に入った。見慣れた後ろ姿が、そこにあった。


「ナタリー殿……ただいま、でござる」


 ティナが教会に帰って来た時にいつも口にする言葉を、又三郎も口にしてみた。初めて口にする言葉は、何だか少し気恥ずかしい思いがした。


 料理の途中だったナタリーは、一瞬小さな声を上げて驚いたが、振り返って又三郎を見ると、染み入るような優しい笑みを浮かべて言った。


「……おかえりなさい、マタさん」

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