Episode 6-13 女達の思い

 その日、又三郎は「夢の狭間亭」での仕事を終え、最後の挨拶のためにターシャの部屋を訪れていた。


「アンタには色々と世話になったね、礼を言うよ」


 まだ両目の腫れが引かないターシャが、力のない笑みを浮かべた。


 ウェンリィの葬儀が終わったのは、つい昨日のことだった。大勢の女達に涙で見送られながら、ウェンリィの亡骸なきがらは街の共同墓地の一画へと埋葬された。


 ウェンリィが埋葬される際、その首には淡い桜色のストールが巻かれていた。おそらくは店の女達の誰かが、彼女の首に巻いたのだろう。又三郎が最後に見た彼女の死に顔は、驚くほど穏やかな表情をしていた。


 一方、モーファの街中では二日ほど前から、街道に出たすぐの辺りで男の斬殺死体が見つかったという噂話が流れていた。


 殺された男は街で盗みと殺人を犯し、街の衛士達がその行方を追っていた者だったが、その男を殺した犯人が追及されるようなこともなく、街の者達は凶悪な犯罪者が一人いなくなったことに、安堵のため息をついているようだった。


 店の女達の間でも、その噂話は密かな話題になっていたが、ターシャだけは顔色一つ変えず、その噂話を黙殺していた。「人斬り」は彼女の願いを聞き届けたが、密かな復讐を果たしたところで、死んだ人間が生き返るという訳でもなかった。


 ターシャは部屋のかたわらにあった机の引き出しを開けると、そこから小さな革袋を取り出して又三郎に手渡した。


「ほら、これが今回のアンタへの報酬だよ。受け取っておくれ」


 又三郎が革袋を受け取ると、予想外にずっしりとした重さを感じた。ハモンドから聞かされていた条件から計算していた金額とは、明らかに違う。


「中身を改めて欲しい」


 又三郎は革袋を返そうとしたが、先にターシャが被りを振って制した。


「街はずれの教会にゃ、アンタの帰りを待っている子達がいるんだろう? 人の好意は、黙って素直に受け取っておきな」


 又三郎は静かに目礼して、革袋を懐に入れた。その姿を満足そうに眺めていたターシャが、ややあって大きなため息をついた。


「しかしまぁ、アンタ、用心棒として手放すには少々勿体ない男だね……どうだい、もうしばらくの間、ここで働く気はないかい?」


 ターシャがじろり、と又三郎を見た。又三郎は、少し困ったような顔で笑ってみせた。


「やれやれ、分かったよ。全く、愛想のかけらもありゃしない」


 ターシャが再び、大きなため息をついた。この男の笑顔が良い、とターシャは思った。


「ま、これからもたまには店に顔を出しておくれ。アンタなら、手ぶらで来ても歓迎するよ」


「……」


「本当にたまにでいいから、顔を見せに来てやって欲しいのさ」


 窓の外を見ながら、ターシャが目を細めて静かに言った。


「ジーナはウェンリィのことを、実の妹のように可愛がっていたんだよ。だから、今回のことではあの子、相当参っているみたいなんだ」


「相済まぬが、言われていることの意味が分からない」


 生真面目な表情でそう言った又三郎に、ターシャは鼻を鳴らして笑った。


「アンタ、本当に鈍い男だねぇ……ジーナはね、どうやら本気でアンタのことを気に入っていたみたいなのさ」


 自分があと二十年も若ければ、あの男をそういった目で見ていたのだろうか――静かに一礼して部屋を出ていった男の背中を見送りながら、ターシャはふとそんなことを思った。

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